2019年02月06日

まるむし帳

 
 
さくらももこの詩画集「まるむし帳」を読んでいる。
きっかけは合唱曲『ぜんぶ』との出会い。
 
大切なことは
ぜんぶここにある。
泣くこと  笑うこと
怒ること  喜ぶこと  
...etc.
 
やわらかな言葉で綴られた「青春の応援歌」のような詩である。
 
 
さくらさんといえば「ちびまる子ちゃん」、ちびまる子ちゃんといえば「ピーヒャラピーヒャラ、パッパパラパー」、少なくとも僕の中ではこれらが全てであった。
この詩画集も飄々とおちゃらけた、お気楽ユーモア路線なのかと思いきや...
 
 
長い長い線路の終点に
線路は無くて
長く長く線路が始まるところにも
線路は無くて
...etc.
(『果て』より)
 
ここにいてもいいって
いつだれに言われたもでもないのにね。
ここに  こうして  わたしはいるよ。
...etc.
(『こうしていよう』より)
 
ほんわかとした語調で紡がれる哲学的な思索、
あらゆる生・あらゆる感情の全面的な肯定、
そしていきものや自然現象へ向けられる優しい眼差し...
それらがさくらさん独特の “まあるい文体” で語られてゆく。
そのさまが実に心地よいのだ。
 
 
所収の50編余りの詩の中で、いま僕がいちばん好きなのはこれ。
(全文引用させていただきます)
 
『空の子』
 
いつか小さい私が抱いていた夢を
空が覚えていてくれた。
わたしは毎日漫画を描き
あの日の空に描いたあの子が
わたしを忘れずいてくれて
空からあの子が降ってきた。
丸い顔のおかっぱのあの子。
 
 
〜そう、
この「まるむし帳」には哲学やユーモアのみならず “遠い記憶=ノスタルジー” の香りがそこここに立ちこめているような気がするのだ。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:39| Comment(0) | 日記

2019年01月25日

フルトヴェングラーの誕生日に

 
きょう1月25日はヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1886-1954) の誕生日。
最近ディスクを取り出す機会も減っていた...ひょんなことから時間もできたし、久しぶりにいろいろ聴いてみようかな。
 
ということで
気ままなレコードコンサート、開演。
 
 
まずは大好きなシューマン/第4交響曲から。
(ベルリンフィル、1953/5/14、セッション録音)
この演奏を聴くと必ずといっていいほど思い出すのが
『作曲家の仕事が第一次的な創造であるとすれば、演奏家の仕事はいわば追創造であります。あとから創造するーナッハシェップフェンなのです』
という丸山眞男の著作中の言葉だ。
 
第1楽章の序奏部から終楽章コーダまで、全編に渡ってむせ返るような浪漫の香り。
スコアに様々な手を加え、ここまで濃密なシューマンの音世界を描き切ることのできた「時代」というものに対し、半ばジェラシーにも似た羨望を覚える。
(現代においては…ここまでやるにはリスクが少なくないのではないか)
60年以上前のモノラル録音から、オーケストラの無限の色彩が浮かび上がる。
 
 
 
続いてブラームス/第4交響曲を聴く。
世評の高いベルリンフィルとの1948/10/24ライヴ盤で。
あの有名な冒頭h音の神秘的なアウフタクトはやはり美しいと思う...しかしーこれが“ライヴのフルトヴェングラー”の語法なのだがーあっという間に加速減速を繰り返す激動の音楽になってしまうのがちと困りものである。
(個人的には嫌いでは決してない)
もしフルトヴェングラーがこの曲のセッション録音を遺してくれていたら...などと考えてしまう僕は天邪鬼だろうか。
BPhのサウンドは極上、特に第2楽章再現部における弦セクションの濃密なアンサンブルは胸を打つ。
 
 
 
3曲目はフルトヴェングラー/第2交響曲。
1951/11-12月、ベルリンフィルとのセッション録音。
正直なところこれまでしっかりと聴き通したことはほとんどなく、もちろんスコアも所持していない。
今回も「気ままに」いくことに。
 
作風はブルックナー、ブラームス、マーラー等独墺系ロマン派シンフォニストからの影響大。
(シベリウスも含めて良いかも)
形式としては古典的な4楽章形式の中に、ベートーヴェンの「苦悩から勝利へ」というプロットに近いものが描かれている。
これが第二次世界大戦末期〜指揮活動禁止期の彼の脳裡に響いていた音楽だったのだということを思うと...感無量である。
 
 
気分がすっかり重くなってしまった。
モーツァルト/グラン・パルティータを聴きながらお開きとしよう。
1947/11-12月、ウィーンフィルメンバーとのセッション録音。
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | 日記

2019年01月13日

『瀬戸の花嫁』小考

 
あまりに唐突だが...
小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』が大好きだ。
(山上路夫作詞/平尾昌晃作曲)
昭和47年のヒット曲である。
 
旋律はもちろんのこと、歌詞もフルコーラス完全に憶えている。
バックの伴奏 (当然ながらあの頃は “打ち込み” なんてものはなかった) も心がこもっていてとても素晴らしい。
海鳥の鳴き声のような効果音、裏メロのヴァイオリン...etc.
 
なかでも特に好きなのが
イントロ〜Aメロ部で毎4拍目に入る「トゥ右矢印2︎ー下矢印2︎ン」というリズム音だ。
もしこの曲を演奏する機会があったら (まずないだろうが)、ぜひこのパートをやりたい!
でも...
何の楽器か分からない(苦笑)
 
そこで「瀬戸の花嫁 4拍目」でインターネット検索してみたところ、
 
...出てきた!
(スゴイぞGoogle!)。
確証はないが、コンガによるムースコール “moose call” という特殊奏法のようだ (直訳すると“ヘラジカの鳴き声”)。
南の島を思わせる、どこか長閑なこの「トゥ右矢印2︎ー下矢印2︎ン」が曲中で実に良い味わいを醸していると感ずるのは僕だけだろうか (だろう)。
 
 
ところで...
この歌のもつ “純粋さ” はどこから来るのだろう?
少し考えて...気づいたことがある。
(勿体ぶって言うほどのことでもないが)
 
メロディの出だしをハ長調のドレミ〜で、拍子もリズムも一切無視して書いてみよう。
 
ミファソ ソラミソ ドレミミレドシ
ラシドドシラソ ファミレレシラソ etc.
 
この調子で1コーラス目の終わりまですべて “全音階” のみで書けるのだ。
(ソ♯やシ♭などの音が一切出てこない...ピアノの白鍵だけですべて弾ける、と言い換えてもよい)
この旋法的な単純さがこの曲の “混じり気のない美しさ” に繋がっているのではないかと感じるのである。
posted by 小澤和也 at 01:38| Comment(0) | 日記

2019年01月02日

本年もよろしくお願い申し上げます

 
明けましておめでとうございます。
本年がみなさまにとって幸多き一年となりますように。
 
(文芸の神様、弁財天)
 
本年の私のテーマは「己」。
これまでにも増して “己の意に忠実に” 歩んでゆく所存です。
 
今後とも「音楽ノート」をどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
平成31年元日   小澤和也
 
 
-->
posted by 小澤和也 at 01:12| Comment(0) | 日記

2018年12月31日

2018年を振り返る

 
 
2018年も残すところあと十数時間。
今年もさまざまな出会いと経験に恵まれた。
 
『ラ・ボエーム』(せたがや名曲コンサート)。
音楽スタッフとして改めて学ぶことの多いプロダクションだった。
新通英洋マエストロ、演出・青木真緒さん、そして素晴らしいキャストの皆さまに感謝。
 
オペラでは他に立川の『椿姫』、そして立ち稽古を1日だけご一緒した金沢歌劇座の『リゴレット』。
いま思い返せば一瞬の出来事のようだが、これまで手掛けたことのなかったこの作品に一週間没入することができた...やはり得難い時間であった。
 
作曲家ではハイドンとメンデルスゾーンに深く触れることができた。
エステルハージ家の楽長として創意に溢れた交響曲を書き続けた壮年期のハイドン。
(おおむね第40〜70番台にあたる...ただし作曲年代と番号順は一致しない)
これらの作品を時系列を追って読むことにより見えてきたものは実に多かった。
 
恥ずかしながらこれまであまりシンパシーを感じられないまま来てしまっていたメンデルスゾーン作品。
初期の室内楽 (ピアノ四重奏曲や弦楽四重奏曲、同八重奏曲など) を集中的に聴き込んで、目から鱗が落ちる思いであった。
何という熟達の筆!
メンデルスゾーン研究は今後も続ける...声楽曲、ことにオラトリオをもっと識らなければ!
 
音楽以外では、木下杢太郎の詩と出会えたこと、堀口大學 (僕にとっては『月光とピエロ』『月下の一群』がすべてであった) をより知ることができたこと、そしてゲーテの『エグモント』を (今さらながら) じっくり読む機会が持てたことなどが貴重な体験であった。
 
 
これらすべてのことに心からの感謝を。
 
みなさまどうぞ佳い新年をお迎えください。
これからもこの「音楽ノート」をどうぞよろしくお願いいたします。
posted by 小澤和也 at 10:26| Comment(0) | 日記