2026年02月10日

「水のいのち」考(3)…「川」


何故   さかのぼれないか
何故   低い方へゆくほかはないか

組曲「水のいのち」第3曲「川」の衝撃的な歌い出しだ。
第2曲「水たまり」とともに、高野喜久雄の既存の詩から作曲家が選びとったのがこの詩である。
先に掲げた拙文でも触れたように『「読む詩」から「きいてわかる詩」になおして』もらったと田三郎は述べている。


〈過去の投稿はこちら〉
「水のいのち」考
「水のいのち」考(2)...「水たまり」


ではその原詩はどのようなものだったのだろうか。
詩集のページを開いて ─ 私は驚きを隠せなかった。


高野喜久雄

何故   さかのぼれないか
何故   低い方へとゆくほかはないか
今日も
川はその河床をえぐり
その岸辺をけずる
川は   川でなくなることを願う
この情熱の   不条理はいつも   美しい

しかし
もっと美しいのは   そのかくされた苦しみだ
鋸き割ろうとして   ついに
右と左に   お前が鋸き割れなかったものは何か
「それは   大地でさえなかった」
いつでも
わたしはそれを考えている
考えながら
同じく苦しい者として   お前をよこぎる
お前が流れをくだるとき
必死にうつした   空を見る
雲を見る   鳥を見る
お前が流れをくだるとき
必死に育てた   渦を見る
淵を見る   魚を見る
その空が   何であれ
その魚が   何であれ
お前の問われているものを
わたしは   わたしの挫折の中でになう
わたしの胸の岩の中でになう

(高野喜久雄詩集(思潮社刊)〜「存在」所収)


3行目以降が組曲の歌詩と全く異なるのである。『なおした』というレベルにはもはや思えない。
原詩を、「水のいのち」の歌詩にできるだけ“引っ張られないように”注意しつつ読んでみる。


倦むことなく自らの底を、また岸をも削ってゆく川の“自己消滅への運動”に詩人は「美」を見る。
しかしもっと美しいものがある、と。
それは『かくされた苦しみ』、表面にあらわれることのない内なる葛藤である。
川の巨大なエネルギーをもってしても鋸き割れなかったものとは何だろう...

『お前が流れをくだるとき』以降、川は観察対象から共感の存在へと変化する。
(空、渦、淵、魚...ここで歌詩と共通のワードが現れて私は少しほっとするのだ)
『お前の問われているものを/わたしは わたしの挫折の中でになう』...詩の冒頭に掲げられた命題を詩人みずから引き受ける、と力強く宣言してこの詩は終わる。


一息いれて、改めて歌詩を眺める。
すぐに気づくのは『こがれ』という言葉の存在だ。
・こがれ【焦がれ】: こがれること。恋い慕うこと。
(広辞苑 第五版より引用)
原詩にはないこの語が、全17行の歌詩の中で7回も登場するのだ。
田三郎がいかにこの言葉を大切に思っていただろうかに思いを馳せる。

また歌詩の中では、石は『さからう』ものとして、魚は『さかのぼる』ものとしてうたわれている。
たとえ到達せずとも志向することこそが肝要なのだ...これも作曲家からのメッセージであろうか。


最後に、田自身による「川」の解説の一部をここに掲げる。
『(...)川がこがれているのは山であり、その切り立つ峰であり、その彼方の青い空なのだ。川底の石も水の流れに作用されて上流へと転がりのぼり、魚も力強く水中をさかのぼっていく。
それら、川上へのぼろうとするものすべてをみごもっている川が何であるかと尋ねることはもういらない。それは私自身なのだ、と繰り返してこの楽章は結ばれる。』

posted by 小澤和也 at 10:38| Comment(0) | 音楽雑記帳

2026年01月24日

アントウェルペン音楽院からこんにちは

S__102785053.jpg

ペーテル・ブノワ研究会(PBI)名誉顧問のヤン・デウィルデ氏です。
ヤンさん(敬愛の念を込めて私たちはこう呼んでいます)はベルギーの音楽学者。19〜20世紀のフランデレン音楽をご専門とし、本国におけるペーテル・ブノワ研究の第一人者です。

PBIで先日作った「ブノワTシャツ」をお届けしたところ、ブノワの胸像と並んでの写真を送ってくださいました。
ヤンさん曰く

“3 x Benoit on 1 picture”

だそうです(*^o^*)

現在フランデレン音楽研究センター・コーディネーター、またアントウェルペン王立音楽院のライブラリアンとしてもご活躍のヤンさんからのサポートが私たちPBIにとっての大きな励みとなっています。

そして ─
もうひとつお知らせがございます。
このたび開催する「ブノワ/レクイエム日本初演」演奏会が駐日ベルギー王国大使館より『日本・ベルギー友好160周年事業』として認定され、後援を賜ることとなりました。
いっそう身の引き締まる思いです。

公演は3月20日、東京・立川のたましんRISURUホールにて。
ペーテル・ブノワの美しい音楽をぜひ皆さまにお聴きいただければと心より願っております。

演奏会の詳細はこちら↓
http://kazuyaozawa.com/s/article/191555712.html

チケットぴあでも取り扱いがございます
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2542128&fbclid=IwVERDUAPg_sxleHRuA2FlbQIxMABzcnRjBm
posted by 小澤和也 at 10:31| Comment(0) | 日記

2026年01月06日

ブノワを知る10曲(7)

image0.jpeg

《我が母国語》

完成: 1889年4月
初演: 1889年5月2日、アントウェルペン、ネーデルラント劇場、ヘンドリク・フォンテーヌ(バス)
出版:Röder社(ライプツィヒ)


§詩人グロートと低地ドイツ語
クラウス・グロート(1819–1899)はドイツ北部、ホルシュタイン地方に生まれた詩人です。生涯を通じて低地ドイツ語文学の発展に尽力し、地域の生活や自然・文化などを詩的に表現しました。
グロートは30歳代のはじめ頃、フェーマルン島での療養中に『クヴィックボルン』と題された詩集を編みました。「我が母国語」はその中に収められています。


§ブノワ歌曲の最高傑作
1889年5月、グロートの生誕70周年を記念した祝賀会がアントウェルペンにて催されました。この式典への協力を依頼されたブノワは即座にこれを引き受け、歌曲「我が母国語」を作曲します。
付曲に際してはフランデレンの作家コンスタント・ハンセンによるアルディーチ(中世オランダ語)訳詩が用いられました。歌はもちろんのこと、ハープと弦五部(ヴァイオリンx2、ヴィオラ・チェロおよびコントラバス)による伴奏も実に魅力的です。

フランデレンの作家で詩人のランブレヒト・ランブレヒツ(1865-1932)はこの曲について次のように書いています。
『その深い情感と詩的な内容、優雅にうねる旋律、そして完璧な形式美により、ペーテル・ブノワの歌はフランデレン精神の目覚めをもたらし、フランデレンにおいて古典的な意義を持つに至った。(...) 私たちがこの地で目にした、母国語を称賛する多くの作品の中でも、これに匹敵するものは一つもない。(...)ブノワが『我が母国語』以外の作品を何も作曲していなかったとしても、彼の名前は不滅のものだったであろう。』


§拙訳「我が母国語」

我が母国語、比類なく愛しきもの

その甘い響きは深く魂をふるわせる

私の心が鋼や石のようであるときも

あなたはその驕りをはらい去ってくれる


あなたは私のこわばった首をやさしく垂れさせる

母がその胸に抱くように

あなたが私の顔を優しく撫でるとき

すべての苦しみはしずまる


私は無邪気な子供のようだ

邪な世界はそこにはない

あなたが春風のように私を包みこむと

喜びがふたたび花開く


「さあ」そして老父はなおも言った

私の手を組ませ「祈りなさい」と

「父なる神よ」と私は始める

その昔にしたように


私は深く感じ そして理解する

真心がそのように語りかける

そして天上の平安が私へと吹き寄せ

すべてがふたたび幸福となる


清く公正なる我が母国語よ

古の民のことばの語り部よ

ただ口に「父よ」と発すれば

それは天使の歌声のように私に響く


これほどに私の心を優しく愛撫する歌はない

これほどに美しく歌う夜鶯はいない

そして涙が頬を伝ってゆく

谷間を流れる小川のように


 
§参考音源
レイチェル=アン・モーガン(メゾソプラノ&ハープ)
ユリウス・サッべによる現代オランダ語訳での歌唱です。
-->
posted by 小澤和也 at 01:23| Comment(0) | 音楽雑記帳

2026年01月02日

新年のご挨拶

image0.jpeg

あけましておめでとうございます。
みなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

ペーテル・ブノワ研究会(PBI)による第2回の自主公演『レクイエム』が目前に迫ってまいりました。
この日のために集う素晴らしい仲間たちとともにペーテル・ブノワの音楽の魅力をみなさまにお伝えいたします。
ご期待ください。

【PBIヴォーカルアンサンブル 第2回演奏会】
PETER BENOIT
REQUIEM 〜レクイエム〜
2026年3月20日(金・祝) 14時開演
たましんRISURUホール(立川市市民会館)大ホール
http://kazuyaozawa.com/s/article/191555712.html

本年もよろしくお願い申し上げます。

令和8年正月
小澤和也
posted by 小澤和也 at 23:38| Comment(0) | 日記

2025年11月28日

演奏会のごあんない

image0.jpeg

ペーテル・ブノワ
レクイエム 〜日本初演〜

2026年3月20日(金・祝) 14:00開演
たましんRISURUホール(立川市市民会館)大ホール

プログラム:
アヴェ・マリア 作品1
フルートと管弦楽のための交響詩 作品43a(日本初演)
レクイエム(日本初演)
以上すべてペーテル・ブノワ作曲

出演:
PBIヴォーカルアンサンブル
PBI管弦楽団2026
岩下智子(フルート)
小澤和也(指揮)

チケット: 全席自由 3000円 (未就学児入場不可)
主催: ペーテル・ブノワ研究会(Peter Benoit Instituut)
お問い合わせ: ペーテル・ブノワ研究会事務局
pbi340817@gmail.com
posted by 小澤和也 at 07:54| Comment(0) | 演奏会情報