2010年03月12日

私の愛聴盤(4)

§シューマン/交響曲第4番
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリンフィル('53年録音)

これはあまりにも有名な指揮者による有名な演奏なので、挙げるのをやや躊躇ったのだけれど…
やはり「好きなモノは好き」ということで。

音楽は「再現芸術」である、とよく言われる。
以前、ある人の言葉として
「作曲が "創造" 芸術だとすれば、演奏は "追創造" である」
といった意味合いの文章を本で読んだ。
単なる「楽譜の機械的再現」では決してないのだ、と…
その時は、改めて「目から鱗」の思いであった。

フルトヴェングラーのこのシューマンは、まさに「追創造」そのものだと思う。
これは僕の勝手な想像だが、おそらく作曲家が考えた以上に暗く、激しく、そして甘美な演奏がここに繰り広げられているように感じる。
このうえなくドラマティック、かつチャーミングなシューマンだ。
冒頭、序奏から主部へ流れ込む際のうねるような弦楽器。
憧れをもって、あるいは救いを求めるかのようにこの楽章が力強く終わると…
次に待っているのはオーボエとチェロの静かな、涙の無い悲しみ…その後は独奏ヴァイオリンによる甘い慰め。
第三→第四楽章のブリッヂではトロンボーン、ホルン、そしてトランペットが天からのお告げのように響き渡る…

一人の指揮者が、自身の透徹した音楽的意図をオーケストラに余すところ無く伝える。
オーケストラは一体となって、最大限の力をもってそれに応えていく。
僕にとっての理想であり、究極の目標なのである。

追記)
このレコードはフルトヴェングラーの、さほど多くないスタジオ録音であるが、中断なしの通し演奏、一切の切り貼り編集なしということだ。
posted by 小澤和也 at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年03月09日

ブノワ(5):ブノワの生涯[4]

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([3]からのつづき)

アントワープ音楽学校において、ブノワは熱心な教育活動を展開してゆく。
母国フランドルの言語(=オランダ語)と民謡…これら2つが彼にとっての中心的概念であった。
その傍ら、オラトリオ「スヘルデ川」を1869年に作曲。
そしてこの頃より、彼のナショナリストとしての着想が作品に現れてくる。

1870年代前半には、非常に独創的・革新的な2つの作品が書かれた。
不戦主義的オラトリオ「戦争」、そして風変わりな連作歌曲集「愛の悲劇」である。
「戦争」は三管編成の管弦楽と大小3群の混声合唱、および4人の独唱が加わる巨大な作品である。
(それゆえ滅多に演奏されない)
「愛の悲劇」では、鋭い不協和音と奔放なリズムが聴くものの胸を引き裂くようである。

1870年代半ば以降、ブノワの作風はさらに変化を遂げる。
ブノワはより大衆的な音楽を書くようになり、彼の作品は野外での上演のための大規模なカンタータがその中心となってゆく。
彼が目指したものはフランドル人のアイデンティティの再創造であり、そのために偉大な歴史的人物や事象が題材となった。
そして作品を通して、平和と幸福をもたらす人類の創造力への讃歌が歌われたのだった。
ブノワは作品の中で、理解しやすい音楽形式、多くのユニゾン(斉唱)、そして色彩的なオーケストレイションを用いた。
その最も成功した例が「ルーベンス・カンタータ」であろう。
  【ルーベンス…17世紀フランドルの画家。バロック絵画の巨匠と
   称されている。アニメ「フランダースの犬」の中でネロ少年が
   ずっと見たがっていた十字架上のキリストの絵画は彼の作品で
   ある。】
このカンタータは合唱、大管弦楽に直管トランペット(アイーダ・トランペット)およびカリヨン(アントワープ・ノートルダム大聖堂の塔上にて奏される)が加わるという、壮大なスケールで上演された。

ブノワは1893年にフランドル歌劇場を設立する。
そして1897年、彼の音楽学校は王立音楽院として正式に認められた。
首都ブリュッセルの音楽院と、ついに肩を並べたのであった。

1901年3月8日、ペーテル・ブノワ死去。
あのジュゼッペ・ヴェルディが亡くなった数週間後のことであった。

(了)
posted by 小澤和也 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽雑記帳

2010年03月07日

「小町」の里

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「小町百年の恋」今回の公演の地、水戸での立ち稽古へ。
「水戸」と言えば、やはり「梅」だろうか。
(納豆は大の苦手である…)
行きの特急スーパーひたちも、一つ手前の偕楽園駅に臨時停車する。
外はあいにくの雨模様だったが、窓越しの梅は可憐に花をつけていた。

地元公募の「小町」記念合唱団中心の稽古は、和気藹々とした中にも緻密な空気感を含んだものであった。
演出・十川先生の妥協を許さない要求と、それに応えようとするメンバーの熱意…
こだわりをもって、細部を繰り返し練習する。

 「繰り返しのための繰り返し」に陥らなければ、集中力は途切れない。

今日は十川先生のお誕生日なのだそうだ…
ということで稽古の合間に、サプライズでバースデーケーキが登場!
演出助手Tさんによるおしゃれな計らいであった。
一同の歌う "Happy Birthday" も色を添える。

公演まであと19日。
posted by 小澤和也 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年03月05日

ホームグラウンド

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今日は快晴。
金曜日の恒例、合唱団あしべの稽古へ。
5月下旬に行われる、地元江戸川区のイベントで歌う曲が出揃った。
これまで稽古してきたドイツ歌曲集に加えて、日本の唱歌より「茶摘」「夏は来ぬ」を今日から取り上げる。
この2曲、あしべが歌うのは数年ぶりだったが、合唱組曲や外国の曲をさらう時とはどこか違うメンバーの表情がうれしい。

日本の歌はやはり「ホームグラウンド」なんだな…と改めて感じる。


帰り道に寄ったカフェで、ちょっと変わったことがあった。
レジ係の店員さん曰く、
「マシンが故障したので、申し訳ありませんがホットドリンクがお出しできません」と!
カフェでコーヒーが飲めない?!

 来店客一人ひとりに謝るのも大変だろうな…
 それでも臨時休業しないのだからタイシタモノだな…

余計なお世話だろうが、いろんなことを考えてしまった。
滅多にオーダーしないアイスコーヒーをいただく。
posted by 小澤和也 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年03月03日

私の愛聴盤(3)

オーケストラ曲が続いたので、今回は…

§フォーレ/レクイエム
 ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽&器楽アンサンブル 他('92年録音)

中学〜高校生時代を吹奏楽一筋で過ごした僕だったが、どういう訳か大学で合唱を始めることに…。
そこで初めて歌った本格的な宗教曲がこの「フォーレク」である。
当時、勉強のためにいろいろなレコードやCD(ようやく出始めた頃だった)を聴いた記憶がある。
世評の高いコルボ旧盤、クリュイタンス盤ももちろん聴いた。
指揮者とソプラノ歌手のネームヴァリューに惹かれて買ったあるCDは、録音のせいか合唱のppがほとんど聞こえず…ガッカリ。

それから数年後、音楽雑誌の新譜情報で見つけたのがこの盤である。
まず「イントロイトゥス(入祭唱)」における、合唱主体の美しい響きに感動!
音楽の運びも実に自然で、「オッフェルトリウム(奉献唱)」などはさらさらと、悲しいほどに穏やかに流れていく。
「ピエ・イエズ(慈悲深きイエスよ)」のソプラノがまた素敵だ。
透明感にあふれていながら、それでいて芯のある大人の女性の声…
こういった声のほうがボーイソプラノよりはこの曲に相応しいと、私は思う。
〜そして「イン・パラディスム(楽園にて)」が消え入るように終わる。
あとに残るのは…静かな感動。
心が浄化される思いだ。

僕にとっての「理想の歌声」のひとつである。
posted by 小澤和也 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤