2010年04月19日

「四季」の音楽

「四季」から連想される音楽といえば…?

筆頭はやはり「ヴィヴァルディ」のヴァイオリン協奏曲集ということになろうか。
クラシック音楽への入門曲のような存在だが、その平明さと屈託のない朗らかさはたしかに魅力である。
趣向をこらした新しい解釈の演奏が流行っているが、僕のお気に入りはオールドスタイルのイ・ムジチ(アーヨ独奏のステレオ盤)だ。

僕の中でもっとも思い入れが深い曲は「ハイドン」のオラトリオである。
数年前のパイオニア合唱団との共演が忘れられない。
同じ作曲家の「天地創造」に比べると地味な印象は否めないしストーリーも垢抜けないのだが、音楽は実に素晴らしい。

あと思い付くのは「グラズノフ」のバレエ音楽と「チャイコフスキー」のピアノ曲くらいか…
「グラズノフ」は、むかし「秋」の吹奏楽編曲モノが流行った。
「秋」なのにずいぶん派手に、堂々と終わるのだなぁ…
と思っていたら、なんとこの曲は「冬」で始まって「秋」が大団円となるのだった。
「冬春夏秋」…さすがロシアである。

そして…つい最近出会ったのが「瀧廉太郎」の組歌「四季」。
初めてその存在を知ったときは「ほぅ、そんな曲があるのか!」と驚いたが、その第1曲があの「花」なのだと聞いてもう一度ビックリ。
(なぜ「花」だけがこんなに飛び抜けて有名になったのだろう?)
他の3曲もとても佳い曲だ。

瀧廉太郎の「四季」については改めて…
posted by 小澤和也 at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年04月16日

私の愛聴盤(6)

§モーツァルト/交響曲第40番ト短調
ケルテス指揮ウィーンフィル('72年録音)

今さら何を語れようか、というほどの名曲である。
作曲家の晩年の不遇、また宿命的な「ト短調」ゆえに、後世のわれわれはこの曲に対して様々に思いを巡らせてきた。
そして「苦悩」「哀愁」「疾走する悲しみ」といったキーワードがイメージとして定着する。
ヴァルターは「愛撫するようなカンタービレ」で、またフルトヴェングラーは「重い音色と焦燥にかられたようなテンポ」をもってこの曲を表現した。

イシュトヴァン・ケルテス。
まるでモーツァルトを指揮するために生まれてきた「もう一人の天才」のように、僕には思える。
ケルテスはこの40番に「暗さ」の解釈をしない。
スコアに対するひたすら忠実なアプローチ。
「楽譜通りにやれば佳いモーツァルトになるのだ」という揺るぎない確信を持っているかのようである。
テンポは常に自然であり、ウィーンフィルの音色も明るい。
それでいて、流れ出る音楽は実に表情豊かなのである。
端正だがロマンティックでもあり、微笑みを見せつつも密やかな涙がある。

ケルテスは1973年4月16日、遊泳中に高波にのまれて非業の死を遂げた。
43歳の若さであった。
posted by 小澤和也 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年04月14日

アントワープから

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アントワープのデウィルデさんから郵便が届く。
彼の著作、"Me voici a` Paris" を僕に送ってくださったのだ。

これはブノワのパリ滞在期間中(1859〜63年)のクロニクルと書簡をまとめたものである。
この本の存在は少し前にインターネットで知った。
ぜひ読んでみたかったのだが日本からの取り寄せが難しそうなので、デウィルデさんに尋ねたのだった。
まあ、半ば「おねだり」したようなものかな…

"Me voici a` Paris."(僕はここパリにいます)とは、ブノワがパリから両親に宛てて最初に送った手紙の書き出しである。
ブノワはこの地でオペラ作曲家としての成功を夢見たのだった。
(しかしそれは不首尾に終わったのであった)
僕の好きな「荘厳ミサ」、そして「レクイエム」はいずれもパリ時代の傑作である。
この本を通じて、作曲家と作品の精神に少しでも近づきたい。

手紙はフランス語、本文とクロニクルはオランダ語で書かれているので、かなりの苦戦が予想されるが…

Dank je wel, Jan!
posted by 小澤和也 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年04月11日

ブノワ(12):荘厳ミサ[6]

〜Hoogmis(荘厳ミサ)のつづき〜

[アニュス・デイ]
Gaande(アンダンテ) ニ短調 3/4拍子

いよいよ終章だ。
このアニュス・デイにおける響き・曲想は、キリエのそれに還って来たような印象を僕は持つ。
(ニ短調、3拍子、そして半音階を多様したうねるような旋律線…)
構成は明快で、三部形式の後に独立した終結部が続く形をとっている。

冒頭、大小合唱の掛け合いにより「神の子羊よ」と三回、フェルマータによりフレーズを区切られながら劇的に歌われる。
その三回目で巧みな転調を見せ、次いで現れる主部主題が(属調である)イ短調で始められる点がややユニークだ。
この主題、
「ミドソ#|シーラ|ソーファ|ミー〜」
は小合唱のみで提示され、大合唱の男声のみが「憐れみたまえ」とpppで呟く。
続いて、全合唱により新しい悲壮なメロディが歌われる。
ヴァイオリンとヴィオラは一貫して分散和音を奏で、低弦は付点リズムとトリルによるバロック的な音型でこれらを支える。
イ→ホ→ロ→嬰ヘ短調と激しく転調を重ね、イ短調に戻り最初の楽段を終える。

ブリッヂを経てヘ長調に転ずると、ここからが中間部である。
まず、テノール独唱により美しい歌謡的主題が歌われる。
スコア上ではこの旋律は小合唱パートに書かれている(Soloと記されている)が、ラハバリ盤では独唱者が受けもっている。
(一昨年の日本初演でも同様であった。)
ドラマティックで情感豊かなメロディは、ベネディクトゥスと同様我々に強い印象を与える。
短い経過部を経たのちに主題がやや短縮された形で繰り返され、そのまま第一楽段の再現へと続いてゆく。
ここでは、主部主題が本来のニ短調で歌われ、聴く者に安定感と回帰感をもたらすのだ。
型通りの再現の後、ブリッヂを経て、

Tamelijk licht (かなり明るく) ニ長調 2/2拍子
の終結部へ入る。
ここで雰囲気は一変し、男声四部合唱が「我らに平和を与えたまえ」と終結主題を歌う。
すると続いて小合唱による柔和な旋律が管弦楽を伴って応える。
短い間奏の後、不意に変ロ長調に転じ(グローリアでも同様の転調があったのを想起させる)、男声の主題、そして小合唱の応答が繰り返される。
再び間奏を経て、ニ長調により三たび主題が響くがこれは完結せず、小合唱との神秘的なpp応唱となる。
全休止の後、全合唱にてppからfffへ至る無限のクレシェンドの弧が描かれ、「平和を」と歌い切る。
そして、木管楽器によるppのコードが消え、ミサ曲の幕は静かな感動をもって閉じられる。

(完)
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽雑記帳

2010年04月09日

三週間ぶりの合唱団あしべ稽古へ。
5月の地域イベントでの発表に向けての練習が続く。
ここまで、考えていた以上に順調な仕上がり。
一昨年、昨年と、この屋外イベントは雨に祟られている。
今年は…ぜひ歌いたい!


夜、「ALWAYS 三丁目の夕日」を観る。
既に繰り返し放送されており、僕自身も初めてではないはずなのだが…
今回もやっぱり、グッと来てしまった。
(同様に…「ボエーム」の第4幕も、何度観ても涙が抑えられないのだ)

 人が人を思いやる。
 なんて素敵なのだろう。

ほんのちょっぴり、心が洗われたような気がした。
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記