2012年03月17日

2年ぶりの「威風堂々」

今日も冷たい雨だった。
3月も下旬に差しかかるというのに…

横浜国立大学管弦楽団とのプローべへ。
長年、同校の卒業式・入学式での奏楽をご一緒している。
学生歌「みはるかす」、そして式典に彩りを添える楽曲演奏…
ここ数年はずっと、エルガー「威風堂々第1番」が定番になっていた。

タクトを下ろす。
懸命に応えるオーケストラの音を聴きながら、一年前のことを思わずにはいられなかった。
そう…
先の震災の影響により、昨春は卒業式・入学式ともに中止となったのだった。

(〜ということは、新2年生はもちろん、現在楽団の中心的存在となっている新3年生も式典演奏を体験していない、ということになるのだな)

振りながら、僕の中である思いが湧いてきた。
(已む無く断たれてしまった彼らの時、この伝統を再び繋ごう…)
あと数回の合奏、そして本番を、是非とも素晴らしいものにしたいと思う。
posted by 小澤和也 at 23:31| Comment(0) | 日記

2012年03月14日

スヘルデとレイエ

 
ペーテル・ブノワ作品のヴォーカルスコアが、ベルギーの古本屋から届く。
 
"De Schelde"「スヘルデ川」は、複数のソリストと大合唱、管弦楽のために書かれた、三部からなる2時間あまりのオラトリオだ。
 
もう一つの "De Leie"「レイエ川」はまだ聴いたことがない作品。
スコアには「バリトン独唱と混声合唱、管弦楽のための」と記されている。
おそらく20〜30分くらいの曲であろう。
 
これら2つの川、ともにフランスがその源である。
やがてそれぞれベルギー・フランデレンに入り、ヘントで合流する。
そして一つになったスヘルデはアントウェルペンへ到達、オランダに入り北海へ注ぐのだ。
 
それにしても…
やはり「川」というものは、民族のアイデンティティに深く関わる存在なのだなあ、と改めて思う。
 
個々の作品については、追い追い「音楽雑記帳」に記していこう。
posted by 小澤和也 at 16:14| Comment(0) | 日記

2012年03月12日

終演、そして感謝

立川市民オペラ「トゥーランドット」、
二日目(千秋楽)も無事終演。

この日、オーケストラは正午前から特別にプローべを実施、
合唱も開演直前に最後の確認を行った。
「音楽は生き物であり、
昨日と同じに進む所など一つもない。
いま一度初心に戻って、公演初日と同じ気分で歌ってください」
と申し上げた。

午後2時の開演に先立ち、さきの震災犠牲者の方々を追悼して一分間の黙祷を会場のお客様とともに捧げる。
そして始まった第1幕、
前日に優るとも劣らない集中力でプッチーニのドラマが展開される。
カラフの松本薫平さん、リュー役の砂川涼子さんはじめ、キャストの皆さんの輝かしい歌声が劇場を満たした。

第2幕で登場のトゥーランドット・津山恵さんの美声はまさにこの役に相応しかった。
合唱団も、感情のこもった熱い響きでもって、マエストロのタクトに応える。

そしてクライマックスの第3幕…
僕は金魚鉢でペンライトを振りつつ、もはや祈るような思いであった。
最後の合図を送り、急いで舞台袖に走る。
公演にお見えになれなかった合唱指揮の倉岡先生に代わり、カーテンコールに出させていただく栄誉を仰せつかった。
合唱団とともに、お客様からの温かい喝采を受ける…このうえない喜び。

このときの僕は、特定の何かに対して、誰に対してということもなく、ただただ感謝の気持ちで一杯であった。

「音楽ができる幸せ」。
これがあるから、辛い瞬間があってもやっていけるのだ。
そして明日からも…「音楽に生きる」。
posted by 小澤和也 at 23:44| Comment(0) | 日記

2012年03月10日

トゥーランドット!

立川市民オペラ公演「トゥーランドット」、
初日の公演が無事終了した。
(@アミュー立川)
 
何と言ってもタイトルロールの小川里美さん、名を秘めた王子(カラフ)山田精一さんの声に圧倒される。
驚異的な存在感だ。
 
僕は今回ずっと、主に合唱をフォローし続けている
公演中の持ち場も、1階客席後方の小部屋(通称:金魚鉢)からペンライトで、舞台上の歌手に合図を送り続ける役目。
これ、お客様から絶対に見えない(というか見えてはならない)仕事なのだが、存外難しい。
それだけに、アンサンブルがカッチリと決まった瞬間は快感である。
 
合唱、大健闘だった。
鳥肌が立つ瞬間がいっぱいあった。
明日の千秋楽は…もっと良くしたい。
 
明日は14時開演。
皆様のご来場をお待ちしております。
posted by 小澤和也 at 23:52| Comment(0) | 日記

2012年03月08日

ペーテル・ブノワの命日に寄せて


今から111年前の1901年3月8日、
ベルギー・フランデレンの作曲家 ペーテル・ブノワ Peter Benoit が亡くなっている。

今日の昼頃、そのブノワについて気の向くままにTwitter上でつぶやいたところ、何名かの方々から反応をいただいた。
せっかくなので、それらの連続ツイートをここに再掲しようと思う。







1)ペーテル・ブノワは1834年8月17日、南西フランデレンの小さな町ハレルベーケに生まれました。ブリュッセルで学び、カンタータ「アベルの殺人」でベルギー・ローマ大賞を受賞。ドイツ他に留学後パリへ移り、オペラ作曲・指揮を志しましたが成功しませんでした。

2)その後ブノワは、アントウェルペン(アントワープ)に赴き、音楽学校を設立します。そこで彼はフラマン語(≒オランダ語)による音楽教育に尽力、フラマン語による歌曲やオラトリオなどを数多く作曲しました。

3)ブノワはその晩年、アントウェルペンにフラームス(フランダース)歌劇場を設立、また彼の音楽学校は王立フラームス音楽院として承認され、パリやブリュッセルなどのそれと肩を並べるに至ったのでした。

4)「宗教曲四部作」(1859-63)1.クリスマス・カンタータ 2.ミサ・ソレムニス 3.テ・デウム 4.レクイエム…壮年期のブノワの代表作。1を除く3曲で、彼のトレードマークともいえる二重合唱が用いられています。素朴さとロマン性を併せ持った佳品です。

5)ピアノのための「物語とバラッド集」(1861)、ピアノと管弦楽のための交響詩(1864)、フルートと管弦楽のための交響詩(1865)…母国に伝わる民謡・伝説からインスピレーションを受けて作曲。特にフルート〜はロマン派期にこの楽器を用いた数少ない協奏的作品として要注目。

6)カンタータ「フランデレン芸術の誇り」(1877)…'70年代前半、ヴァーグナーの影響を受けて神秘的・内省的作風に傾いていたブノワが、そのスタイルを一変させて広く大衆にアピールした壮大な頌歌。「ルーベンス・カンタータ」という愛称でより知られるように。

7)ルーベンス・カンタータ、そのテキストは愛国心にひたすら訴えかける微笑ましいものですが、その音楽は平明な人懐こさを持っています。きっと一般市民も混ざってコーラスパートを歌ったことでしょう。児童合唱の歌う「すべての鐘を鳴らそう〜」のくだりはグッときます


オペラの仕事がひと段落したら、しばらく遠ざかっていたブノワ研究を再開しよう!
それからオランダ語の勉強も…
                           






posted by 小澤和也 at 22:53| Comment(0) | 日記