2013年04月17日

ライヴのケルテス

 
昨日(4月16日)は、ハンガリーの指揮者イシュトヴァン・ケルテスの命日。
1973年に亡くなっているので、没後40年ということになる。
 
今年は何を聴こうかな…
と手にとったのは、ブラームスの第4交響曲のCD。
ただし、有名なウィーンフィル(VPO)とのものではなく、ハンガリー放送響とのライヴである。
1970年6月@ブダペストでの録音。
(おそらくは非正規盤なのだが、録音の少ないケルテスに免じておゆるしを…)
 
第1楽章は、かすかな心のざわつきを表すかのような微妙な揺らぎをもって始まる。
(VPO盤に聴かれる安定したテンポ感とは対照的)
弦楽器中心のバランスで収められた録音のせいもあって、1stヴァイオリンのカンタービレが実に濃厚だ。
実演ならではの即興的なアゴーギクをそここに感じるが、楽曲のフォルムを崩すことは決してない。
 
続く第2楽章は淡々とした運び。
ホルンをはじめとする管楽器群のさらっとした音色がその印象を強めているのであろう。
テンポもVPO盤に比べてやや速い。
(スコアの指定は "Andante moderato"だ)
その終わり近く、第2テーマの再現が総奏で堂々と示された直後…
弦楽による一瞬の、だが限りなく深い間合い(第102小節、V印のところ)に我々はハッと息を飲む。
 
 
(VPO盤でもこの息遣いは聴かれるが、インパクトはこのライヴ盤のほうが強い)
 
ガラリと気分が変わり、まさにスケルツォ(あるいはブルレスケ)的な第3楽章がやってくる。
弾けるリズム、しなるような第1テーマ…まさに一気呵成の趣き。
この陽気な楽章が、なんと短く感じられることか!
 
フィナーレ。
ぐっと抑えを効かせた静的な開始に一瞬意表を突かれ、そして心打たれる。
これにより、中間部(フルート独奏に始まる部分)への移行がとても滑らかに感じられるのだ。
楽章後半は一転して、火を噴くような激しい音楽。
(もちろんフルトヴェングラーのような破格のデフォルメとは異なるが)
 
奇抜なアイディアや閃きといったものに頼らず、それでいて若々しいケルテスの解釈。
【思えば、この時彼はまだ40歳!】
 
VPOやロンドン響との一連のレコーディングはもちろん永遠の宝物であるが、"ライヴのケルテス" ももっと知られてよいのではないか…と感じる今日この頃である。
 
生ケルテス、聴きたかったな。
posted by 小澤和也 at 10:14| Comment(0) | 日記