2013年12月02日

シューマンを辿る

 
それまでピアノ曲やリートしか作曲していなかったシューマンが、ふとしたきっかけから『春の交響曲』を書き上げたのは1841年のこと。
初演(指揮はメンデルスゾーン)は大成功、その勢いに乗って『交響曲ニ短調』など数曲の管弦楽曲を手掛けた…が、成果は今ひとつ。
〈シューマンの筆が交響曲書法に関してまだ充分には熟していなかった〉(前田昭雄氏の著作より)ということだろうか。
 
その反省を踏まえてか、翌年には多くの室内楽作品が一気に書き上げられた。
3つの弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲などである。
そしてこの段階で大きな力を蓄えたシューマンは、翌1843年のオラトリオ『楽園とペリ』を経て、傑作『ピアノ協奏曲イ短調』『交響曲第2番』の世界へと到達するのであった。
 
僕自身の勉強のために、この時代のシューマン作品をポツリポツリと辿ってみようと思う。
 
§弦楽四重奏曲第1番イ短調 op.41-1
1842年作曲。
古典的な4楽章構成を持つ。
 
第1楽章は序奏部を伴うソナタ形式。
冒頭こそイ短調でロマンティックに始まるのだが、主部に入ると一転してヘ長調が軸となってしまうところが "若さ" だろうか。
 
第2楽章:スケルツォを経て
第3楽章:変奏曲形式のアダージョへ。
短い前奏ののちに現れる主題が、ベートーヴェン第九交響曲の第3楽章のそれとよく似ている。
 
そしてフィナーレ、ソナタ形式。
激しい性格の両主題をもとに、フガート的な展開も交えて勢力的に進むが、コーダ近くに素朴な、そして夢見るようなエピソードが挿入される…
これもシューマンらしさの一端か。
 
この第1番、印象を一言で表すならば
「懸命に背伸びをしている小さな女の子」
といった感じ。
 
いずれまた続きを書こうと思う。
 
posted by 小澤和也 at 23:58| Comment(0) | 音楽雑記帳