2014年04月30日

農工グリー、本格始動

 
4月はサークル新入団員勧誘のシーズン。
我が農工大グリークラブももちろん例外でない。
 
毎年ハッパをかけているが、今年の上級生は相当がんばったみたい。
この一ヶ月で
男声=14人、女声=8人
のフレッシャーズを迎えたそうである。
 
すごいぞ!GJ!
 
人数が一気に増えて練習は大変かもしれないが、この勢いに乗って進んでいこう。
僕との初練習は2週間後…
とっても楽しみ。
 
女子美術大学音楽部と組んでの混声合唱団(ノコジョ合唱団)も順調なすべり出しのようだ。
 
 
新歓コンパの様子。
(画像はノコジョ合唱団ブログからお借りしました)
 
ノコジョ合唱団ブログ
 
 
東京農工大学グリークラブの演奏会、今年は7月6日(日)、府中グリーンプラザけやきホールにて開催されます。
みなさまのご来場をお待ちしております。
 
posted by 小澤和也 at 01:20| Comment(0) | 日記

2014年04月28日

東京にペーテル・ブノワが響いた日


 
平野裕樹子 ピアノリサイタルを聴く。
(25日、すみだトリフォニー(小))
 
「今度のリサイタルでブノワを弾こうと思っているんです」
平野さんからそう伺ったのは去年の今頃だったろうか。
取り上げられたのは
"Contes et Ballades"(物語とバラッド集)より 第1集。
ブノワの故郷フランデレンに伝わる古い物語や伝説からインスピレーションを受けて作曲された描写的な作品だ。
これまでディスクでしか聴いたことのないブノワ作品がどんな響きで立ち現れてくるのか、本当に楽しみ!
 
 
第1曲はやや慎重な立ち上がりに思えたが、続く第2曲、第3曲は情景が目に浮かぶような、生き生きとした演奏であった。
 
日本では(というよりもベルギー以外の国々では)ほとんど知られていないペーテル・ブノワ。
僕がブノワに傾倒していることを知って興味を持ってくださり、プログラムに加えてくださった平野さんに心から感謝!
 
ベートーヴェン/ソナタ嬰ハ短調(月光)に続く後半は、尾崎敏之氏の『ピアノのための幻想的断片』、そしてドビュッシー/前奏曲集抜粋。
いずれも、平野さんの繊細なピアニズムが発揮された美演だったと思う。
アンコールはドビュッシー/月の光。
 
平野さん、
素敵な演奏会をどうもありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:18| Comment(0) | 日記

2014年04月23日

おしゃべりと歌と…

 
森口賢二 
おしゃべりコンサートを聴く。
(@杜のホールはしもと)
 
 
立川市民オペラ合唱団の指導でご一緒している森口さんによる、素敵な歌と楽しいおしゃべり。
 
進行役の渡邊史さん(ソプラノ)と軽妙なやり取り。
 
 
ゲストは渡邉公威さん(テノール)。
 
 
平日の昼間にもかかわらず、会場は大入り。
オペラアリアから日本のうた、カンツォーネなど、どれもこれもお馴染みの曲ばかり。
森口さんの気さくなお人柄にいざなわれて、あっという間にステージと客席の間の垣根が取り払われたような…そんなひととき。
 
 
そしてアンコールは…
十八番、『闘牛士の歌』を客席で熱唱。
エスカミーリオ、着替えて登場!!
 
森口さん、
楽しい演奏会をありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 21:21| Comment(0) | 日記

2014年04月18日

雌伏の日々のモーツァルト

 
今日はオフ。
朝から、頭の中がずっと「モーツァルトスイッチ・ON」状態であった。
ここのところ惹かれ続けているのが、彼の1779-80年頃の作品である。
 
地理的にも文化的にも「狭い」ザルツブルクを飛び出し、新天地を求めてのマンハイム〜パリ楽旅から失意のうちに帰郷したモーツァルト。
職を得ることはできず、そのうえ旅に同行していた最愛の母をパリで失う。
そして79年年初よりやむなく、自分の音楽に全く理解を示さない(と彼は感じていた)コロレド大司教のもとに仕えながら再び悶々とした日々を送るのだった。
 
そんなモーツァルトの鬱屈した心中を投影したかのような(それでいてひたすらに美しい!)この時期の作品たち。
その中で僕の特に好きな曲を少し挙げてみる。
 
戴冠ミサ曲 K.317
交響曲第33番変ロ長調 K.319
ディヴェルティメントニ長調 K.334
協奏交響曲変ホ長調 K.364
 
一点の曇りもなく澄み渡った青空のようなミサ曲。
牧歌的な明るさと静やかなあたたかみを持った交響曲。
ディヴェルティメントは、華やいだ気分の第3楽章メヌエットがひときわ有名だが、第2楽章の変奏曲や第5楽章メヌエットのトリオ[1]で不意に姿を現す「翳り」の表情には思わずハッとさせられる。
 
そして今日、僕の心にもっとも沁みたのが、協奏交響曲の第2楽章アンダンテだった。
 
 
数ある「モーツァルトの短調」の中でも、これほどまでにウェットで悲痛な心情を吐露した例は珍しいのではないだろうか。
ここでは哀しみが「一人称」で語られている。
 
81年にはザルツブルクを(そして父レオポルトのもとを)離れウィーン定住を決心するモーツァルト。
それらの作品はそんな彼の、いわば「心の革命前夜」のような強い意志を帯びた音楽だと思う。
posted by 小澤和也 at 23:27| Comment(0) | 日記

2014年04月17日

ケルテスを聴く

4月16日は、ハンガリーの指揮者イシュトヴァン・ケルテスの命日。
(1973年没)
 
最近リリースされたベルリンフィルとのライヴ録音を聴く。
(1962.8.11. ザルツブルク)
 
プログラムの最初はベートーヴェンの第8。
ディスクで聴くケルテスのベートーヴェン交響曲はこれで3曲目なのだが…どういうワケかいずれも偶数番。
(他に日本フィルとの第7があるが)
 
第1楽章はいわゆる楷書体の重厚な演奏。
冒頭、第1主題の末尾(第11小節)に微妙な「溜め」が感じられるところに時代を感じる。
オーケストラによる自発的なものかケルテスの解釈かは…よく分からない。
(余談だが、先頃ウィーンフィルと来日したティーレマンはこれを派手にやっていた)
 
第2楽章も折り目正しく、淡々と進む。
第29小節目のルフトパウゼに思わずニヤリ。
ちょっとした「隠し味」だ。
 
続く第3楽章は真にゆったりとしたメヌエットである。
計ったところ、四分音符≒100くらい。
面白かったのが、トリオに入ってもこの速さがほとんど変わらない点。
いかにもケルテスらしい実直さである。
(同じベルリンフィルと’57&'60年に録音したクリュイタンスの盤でこの楽章を聴くと…
メヌエット:112、トリオ:92-96
であった。)
 
フィナーレでもケルテスは落ち着いたテンポをとる。
なめらかな第2主題などで聞かれる高弦のレガート奏法に、何ともいえぬ艶やかさを覚えた。
(このオーケストラがカラヤンの楽器になりつつあることの表れ、とは考え過ぎだろうか)
 
全曲を通して、軽快さ、あるいは洒脱といった表現付けを狙わない、きわめてオーソドックスなベートーヴェン。
これがケルテスの「やり方」なのであろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:00| Comment(0) | 日記