8月の農工グリー演奏会で取り上げる『海に寄せる歌』。
「タダタケ」のニックネームで合唱ファンからこよなく愛されている多田武彦の代表作のひとつだ。
同時に僕が初めて歌った男声合唱作品でもあり、それゆえこの『海寄せ』には特別な思い入れがある。
全7曲からなるこの組曲、テキストに選ばれたのが三好達治の詩である。
その美しくたおやかな抒情性はタダタケ(敬愛の念をこめて敢えてこう呼ばせていただく)の音楽にピタリ合致していると、僕は思う。
1. 『砂上』
海 海よ お前を私の思ひ出と呼ばう 私の思ひ出よ
お前の渚に 私は砂の上に臥(ね)よう 海 鹹(しほ)からい水......水の音よ
お前は遠くからやつてくる 私の思ひ出の縁飾り波よ 鹹からい水の起き伏しよ
さうして渚を嚙むがいい さうして渚を走るがいい お前の飛沫(しぶき)で私の睫を濡らすがいい
昭和9年刊行の第三詩集『間花集』冒頭の詩。
[「間」は正しくは「門+月」]
ここの収められた50編近くのすべてが四行詩である。
達治はその数年前から胸を病んでおり、長野などで療養生活を送っている。
それでもこの年に結婚、さらには同人詩誌『四季』を創刊するなど、当時の詩壇の中心的存在となりつつあった。
回想としての「海」を明るい気分で爽やかに歌いあげた詩。
「お前」「私の思ひ出」「渚」「鹹からい水」など幾つもの言葉が自然な流れの中で繰り返され、心地よいリズムを生んでいる。
(つづく)