2015年07月13日

ジワジワくるオランダ語参考書

 
 
僕が何冊か持っているいるオランダ語の入門書の中で、場面設定や例文のとびきり面白いものがコレ。
 
たとえば…
 
 
【第1章】
A:あなたは中国人ですか?
B:いいえ。
A:それではインドネシア人ですか?
B:いいえ、私はインドネシア人ではありません。
A:ああ、あなたは日本人ですね。
 
〜内容は如何にも第1章(いわゆるbe動詞を扱う)という感じだが…
オランダの人々から見たアジア人の「距離感」を表したものだろうか。
 
 
【第2章】
A:私達は朝の9時から晩の8時まで働きます。
B:日本人は皆、勤勉ですね。
A:いいえ、何人かの日本人は怠け者です。例えば私です。私はとても怠け者です。
 
〜謙遜なのか、単に自虐的なのか。
 
 
【第4章】
A:お腹がすきました。
B:ここに中華料理屋がありますよ。
A:でも私は5ギルダーしかありません。
B:私がお金を貸してあげますよ。
 
〜あ、ご馳走するワケではないのですね。
 
と思っていると…
 
 
【第12章】
A:ビール2つ、お願いします。
B:そろそろ帰ります。ああ、財布を忘れました。
A:私が払いますよ。
B:すみません。
A:何でもありませんよ。
 
〜よかったヨカッタ。
 
 
【第17章】
A:あなたがそんなに厚い本を4日以内に翻訳するなんて、不可能ですよ。
B:それが不可能でも、やってみなければなりません。
A:日本人は勤勉です。キ◯ガイざたです。
 
〜ここで再び日本人勤勉(?)ネタが登場。
(ちなみに書中では、◯の部分は伏せ字になっていない!)
 
 
とまあ、
読み返すほどにジワジワくる内容なのだ。
 
書名は…ナイショ(笑)
 
(現在は絶版かもしれません。お尋ねくださればコッソリお教えします)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:01| Comment(0) | 日記

2015年07月09日

30年ぶりの再会

 
 
杉本毅&小枝佳世 デュオリサイタル
〜クラリネットとピアノの夕べ〜 を聴く。
(6/26、鶴見・サルビアホール)
 
演目は
ヴィドール/序奏とロンド
メシアン/鳥たちの深淵
ベートーヴェン/ソナタ第32番ハ短調
休憩を挟んで、
フォーレ/夜想曲第8番
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ヴェーバー/協奏曲第2番
と盛りだくさん。
そして、フランスものとドイツものが絶妙なバランスでミックスされている。
 
ヴィドールは音楽院の試験曲として書かれたものらしく、技巧とカンタービレがほどよく散りばめられた小品。
続くメシアン…これには圧倒された!
静寂、絶望の叫び、そして鳥の声という3つの事象が凄まじい緊張感をもって対峙する。
10分近くにわたった杉本さんの独奏、見事の一言に尽きる。
 
会場内の雰囲気がピリリと引き締まった中、小枝さんの独奏によるベートーヴェンが始まる。
第1楽章は手堅く。
そして第2楽章の変奏曲が進むにつれ、紡がれたベートーヴェンの音符たちが空間を自在に飛翔するさまが見て取れた。
ハ長調の最後の和音が消える…思わずそっと手を合わせたくなる、何かこう、とても大切にしまわれていた "たからもの" を見せていただいたような気分に。
 
ここまでで既にお腹いっぱい。
後半はゆったりとした気分で聴かせていただくことに。
フォーレと「ラ・ヴァルス」は連続して演奏された…小枝さんのアイディアだろうか、面白いと思った。
ラヴェルの音楽の魔力にひとしきり酔いしれた後、杉本さんが再び登場しいよいよヴェーバー。
第2番のコンチェルト、第1楽章はまずまず型通りに運ぶが、続くアンダンテではレチタティーヴォ風の独奏が印象的だった。
そして…終楽章ロンドは軽快なポロネーズ。
杉本さんの華麗な技巧が全曲を通じて冴え渡る。
晴れやかな気分のうちに終演となった。
 
 
終演後、ロビーにて杉本さんと久々の対面。
30年ぶりということになる。
 
実は僕が高校生の頃、吹奏楽部のクラリネットパートをたびたびご指導いただいていた。
ある日、レッスンに見えられた杉本さんに一度だけお話を伺ったことがある。
そのときの言葉が今でも忘れられない。
『みんなには、(三年間で燃え尽きてしまうのではなく)卒業した後もずっと楽器を続けてほしい、音楽を好きでいてほしいと願っている…そう思ってもらえるよう、僕はみんなに音楽のよろこびを伝えたいんだ』
 
杉本さんは僕のことを憶えてくださっていたようだ。
僕は伝えた。
「今も…音楽やってます!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 11:56| Comment(0) | 日記

2015年07月06日

『海寄せ』に寄せて〈3〉

 
多田武彦/男声合唱組曲『海に寄せる歌』
(三好達治作詩)
 
 
3. 『涙』
 
とある朝(あした) 一つの花の花心から
昨夜(ゆうべ)の雨がこぼれるほど
 
小さきもの
小さきものよ
 
お前の眼から お前の睫毛の間から
この朝 お前の小さな悲しみから
 
父の手に
こぼれて落ちる
 
今この父の手の上に しばしの間温かい
ああこれは これは何か
 
それは父の手を濡らし
それは父の心を濡らす
 
それは遠い国からの
それは遠い海からの
 
それはこのあはれな父の その父の
そのまた父の まぼろしの故郷からの
 
鳥の歌と 花の匂ひと 青空と
はるかにつづいた山川との
 
ー風のたより
なつかしい季節のたより
 
この朝 この父の手に
新らしくとどいた消息
 
 
第五詩集『艸千里』所収。
前掲の『山果集』からおよそ4年を経た昭和14年に刊行された。
艸千里とは「阿蘇山の中央火口丘の一つ烏帽子岳北斜面の火口跡。直径約1kmの浅い窪地で、草原をなす」(広辞苑より)。
本詩集中に『艸千里濱』という題名の詩作がある。
 
これまでの四行詩から大きく変貌を遂げ、いっそうの円熟の域に達した達治のスタイル。
その内容は、これまでのような鳥や花などの形象にぴたりと焦点を当てたものから、より詩人自身の心境(それはしばしば孤独や失意の色を見せる)を語るものへと移っているように思える。
【昭和12年7月に日中戦争が勃発、達治は出版社の特派員として一ヶ月ほど上海に赴く。
また同時期には詩人中原中也死去の報に触れている。】
 
 
「お前」である達治の長男がふとしたときに流した涙。
「父」とはもちろん達治自身である。
父の手にこぼれて落ちた温かな涙に、詩人は自らの祖先や故郷を思うのだ。
 
『象徴詩の手法がこれほど見事に生かされた例は他に求めがたく、生命の持続をこれほど純粋に美しく歌った詩も稀有である。』
(河盛好蔵氏による文章より)
 
冒頭部分
「とある朝」〜「ああこれは これは何か」
までは、レチタティーヴォあるいはアリオーソのようなバスの独唱によって訥々と語られる。
そして詩の後半
「それは父の手を濡らし」
以降は一転して、男声独特の厚みとうねりを帯びた、文字通り温かくなつかしい響きをもって歌われるのだ。
 
本組曲中における「静かなるクライマックス」と位置付けるにふさわしい佳作である。
 
(つづく)
 
 
posted by 小澤和也 at 17:25| Comment(0) | 音楽雑記帳

2015年07月02日

演奏会のお知らせ

 
近く開催予定の演奏会のごあんないです。
 
 
 
 
§東京農工大学グリークラブ 第35回記念演奏会

日時…2015年8月2日(日) 15時開演
会場…府中の森芸術劇場 ウィーンホール(全席自由、入場無料)
曲目…多田武彦/男声合唱組曲「海に寄せる歌」、木下牧子/女声合唱曲集「光と風をつれて」他
出演…小澤和也(指揮)、速水琢(学生指揮)、宮代佐和子(ピアノ)
 
 
女声の記念ステージではOGを多数お迎えして約25名、男声の『多田武彦/海に寄せる歌』でも多くのOBにご参加いただき50名を超える大編成でお送りいたします。
 
みなさま、ぜひお運びください。
 
posted by 小澤和也 at 12:32| Comment(0) | 演奏会情報