2016年05月31日

至福のビアタイム

 
某日、いつものお店にて。
 
 
まずはサンフーヤン・セゾンの樽生から。
 
 
定番のフリッツ&バーニャカウダ。
 
 
続いてウェストマール・ダブルを選択。
後ろにあるのは豚ロースのオーブン焼き。
 
 
"締め"はグーデンカロルス・トリプル。
(フラマン語の発音でいけばハウデンカロリュスだと思うのだけれど...まあいいか)
 
至福のひととき。
ごちそうさまでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 16:05| Comment(0) | 日記

2016年05月23日

合唱団あしべ、春のステージ

 
合唱団あしべのみなさんと
江戸川区 第37回中央地域まつりに参加。
(22日、東小松川公園)
 
今年もオープニングの式典において、あしべはステージ前で江戸川区歌を斉唱。
2020年のオリンピック/パラリンピック開催にちなんで、新たに4番の歌詞が公募により制定された。
今回はそれを含めてフルコーラスを歌う。
 
世界に挑む 若人が 
陸と水とで 競い合い
日々の努力で 高めゆく 
誇れる都市よ わがさとよ
ああ 江戸川は未来への
きらめく虹の 立つところ
 
 
新しい歌詞という話題性もあってか、いつもおとなしい会場のあちこちから老若男女の元気な歌声が聞こえてくるのが壇上で指揮していても分かるほど...嬉しい瞬間であった。
 
 
その後のアトラクションステージでは、ここ数ヶ月の練習の成果を披露。
1曲めの『365日の紙飛行機』、そして『ふるさとの四季』〜抜粋を会場のお客さまに聴いていただいた。
 
 
眩しく風も強い屋外で、録音のピアノ伴奏に合わせての歌唱という制約はあるが、気持ちよく歌うことができてメンバーも満足の表情。
 
あしべのみなさん、お疲れさまでした。
秋の合唱祭へ向けて、またがんばりましょう!
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:30| Comment(0) | 日記

2016年05月21日

伝記 ペーテル・ブノワ(15)

 
§第8章
 
[ブノワ最初のフランデレン語歌曲]
 
(前回からのつづき)
 
ブノワは次の仕事に着手する。
彼はここフランデレンにおいて、ドイツに倣った定期的な音楽祭のための準備を試みた。
そのために彼は、Neder-Rijn(ネーデルライン)地方における音楽祭の開催について行政に報告書を提出する。
その文書は次のように締めくくられた。
 
『こうした年毎の音楽祭は、ベルギーにとって真に恩恵となるでしょう。
ドイツにおいてこれらの祝祭は、これまでイタリアやフランスの音楽に慣れ親しんできた多くの国民に、自国の音楽を大いなる知的充足感をもって浸透させました。
ベルギーの芸術はこの清らかな湧き水(=音楽祭)にふれることによって若返るでしょう。
それは急速に発展し、そしてすぐにも、世界的名声を互いに競い合う高等教育によって、生気に満ちた華やかさをもって光り輝くでしょう。』
 
ブノワはさらに2つめのレポートを大臣へ送る。
その中で彼は、ベルギー国内でドイツを模範とした音楽祭を準備するための方法について述べたのだった。
 
これら2つの報告書の結果はどうであったか?
まずブリュッセルでは、ほどなくして女声のための声楽サークルが設立され、その翌年にはファンデンペーレボーム大臣が、作曲家フェティスを座長とする委員会を置いた。
その委員会では、全国の声楽協会の協力のもとでの音楽祭開催の可能性が検討された。
 
 
[訳注]フランソワ=ジョゼフ・フェティス (1784-1871)
ベルギーの作曲家、音楽教師。
ブノワの師でもある。
 
1866年、再びアントウェルペンで、そしてブリュッセルでも演奏会が開かれる。
なかでもアントウェルペンでは「アヴェ・マリア」「レクイエム」抜粋、次いで「ピアノ協奏曲」「フルート協奏曲」が演奏された。
 
ブノワの合唱作品に対する批判から生じる問題のひとつは、演奏に必要な人員を集めることの難しさだった。
その困難を軽視する者はいなかったのだが、ブノワはそれをどうしても必要なことと考え、誰も、また何事も彼の考えを転換させることはなかった。
彼は夢見たものを実際に見ようとしたのだ。
 
時の経過は彼が正しかったということを証明する。
なぜならば、優れた演奏家たちが数え切れないほどの聴衆、それまでブノワの作品に興味を示したことのなかった人々をも魅了してきたからである。
 
1865年以後、ブノワはフランデレン語のテキストによる歌曲を書く。
この年の10月には『ハネスとトリーンチェン』『彼らは笑った』『小作人ヤン』が出版された。
これらの歌曲は生き生きとして健全な、そして独特な発想で書かれており、その響きは驚くべき斬新さをもっている。
 
 
(第8章 完)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:38| Comment(0) | 音楽雑記帳

2016年05月17日

ペライアの弾く "うたうバッハ"

 
以前にBSで放映された『フランス組曲第4番』を視聴して以来、マレイ・ペライアのバッハ演奏にずっと惹かれている。
作品の造型からタッチ、音色に至るまで、すべてが至福の美しさ。
さらには、その端正なフォルムとまったく相反することなく、曲のすみずみまで歌い抜かれているのだ。
E.フィッシャーの遺した『平均律クラヴィーア曲集』の録音を聴いているときにも感じたこの気分。
やっぱり好きだ、うたうバッハ。
 
 
最近、彼の弾くバッハ『イギリス組曲』のCDを入手、さっそく聴き込んでいる。
 
 
 
...この気持ちは何だろう!
「そこにあると分かっていながらこれまでずっと見えなかったもの」が初めてはっきりと認識できたときのような。
 
その "隙のなさ" ゆえにやや距離を置き、身構えて聴かれることの多いバッハの音楽だが、ペライアはそこにしなやかでさりげないアゴーギクを効かせ、豊かなカンタービレのアーチをかけてゆく。
聴く者を "嬉しい" 気持ちにさせてくれる演奏だと思う。
 
 
音楽プロデューサーの中野雄氏はその著書の中で、ペライアについて次のように述べている。
「鍵盤楽器奏者としてのペライアは、バッハに対して迷うことなく声楽的アプローチを試みている。」
「死語となりつつある「気品」という言葉の真意は、ペライアの演ずる古典に接すれば、一聴理解されるのではないだろうか。」
(「宇野功芳・中野雄・s章恭/新版 クラシックCDの名盤 演奏家編」より)
 
posted by 小澤和也 at 00:16| Comment(0) | 日記

2016年05月11日

農工グリー本格始動

 
東京農工大学グリークラブとのプローべへ。
(10日、府中キャンパス)
今日は混声合唱曲を2曲手がける。
 
 
「アイスクリームのうた」(さとうよしみ:詩/服部公一:曲/相澤直人:編) は実に洒落たアレンジ。
こういった歌は、演奏する側にちょっとでも "照れ" があるともう格好がつかない。
 
スプーンですくって ピチャッチャッチャッ
舌にのせると トロントロ
etc.
 
小ちゃな子がはしゃいでいるように歌ってほしい...ただし大人の声でね、とメンバーに求める。
 
 
後半は「おなかがかゆい」(後藤一夫:詩/三善晃:曲)。
「三つの海の歌」の中の一曲。
 
月夜の海べで
貝がくらげに話します
ーおなかがかゆいの とてもなの
ーどうして どうして?
ーおなかに真珠ができたから
貝はピカピカ おしゃれのじまん
おとくいさん
etc.
 
不思議な気分を湛えた詩を、三善晃の繊細な筆致がやさしく包み込む。
たゆたうようなテンポ感、そして重く揺れ動く海の水のような音のはこび。
「アイスクリーム〜」とは対照的な、大人の雰囲気を静かに歌いあげたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 21:41| Comment(0) | 日記