2016年11月30日

フルトヴェングラー没後62年

 
本日11月30日は名指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの命日。
すっかり恒例となった「メモリアルデーにCDを引っ張り出して聴く」儀式、今回選んだのはブラームスの第1交響曲。
ウィーンフィルとの録音 (1947年11月) である。
 
 
ここ数年、WFのディスクの中で好んで聴くのはもっぱら彼のセッション録音だ。
「ライヴこそWFの真骨頂!」「WFのセッション録音は不完全燃焼」などとよく言われるが、そうとも限らないと僕は思う。
 
重さと濃さを強く感じさせる第1楽章。
アゴーギクは遅くなる方向へのみ働く。
唯一の例外が再現部ラストのaccelerando。
第2楽章に入っても、遅く張り詰めたテンポ感は変わらない。
再現部直前でさらに速度を落とす...ほとんど停止寸前まで。
 
第3楽章、ここでようやくcomodoな気分となるが、コーダで音楽はやはり沈み込む...空に憧れつつも。
そして第4楽章へ。
序奏部のテンポ操作が実に理知的、例のトロンボーンのコラールは霊妙な美しさ。
Allegroに入っていよいよWF節!
ただし節度を持って。
 
ライヴ録音と異なり、劇性を殊更に強調することはないが、指揮者の意志の力が強く張り巡らされている。
オーケストラのサウンドからもWFの「ブラームス観」が伝わってくるかのよう。
繰り返し聴くに値する演奏ではないだろうか。
 
彼のレコードを聴き始めてから三十余年。
まだまだ「追っ掛け」続けたいと思う。
 
 
posted by 小澤和也 at 23:20| Comment(0) | 日記

2016年11月27日

プロメテウスからエロイカへ

 
楽都ウィーンで交響曲作曲家としての地位を確立しつつあったベートーヴェン。
1800年初頭〜01年春にかけてバレエ音楽『プロメテウスの創造物』を作曲、そのフィナーレ(第16曲) に登場するのが "あの" 旋律である。
 
[プロメテウスの創造物Op.43〜第16曲 (冒頭)]
 
同時期に書かれたとされる『12のコントルダンス』の第7曲にも、同じメロディが用いられている。
よほどお気に入りのフレーズだったのだろう。
 
[12のコントルダンスWoO.14〜第7曲]
 
ギリシャ神話に登場するティタン族の英雄・プロメテウス。
天上の火を人間に与えたために最高神ゼウスの怒りを買い、カウカソス山頂に鎖で繋がれ生きながらにして大鷲に内臓をついばまれるというという責め苦を強いられたという。
その彼が水と泥から2つの人形を作り、これらに生命を吹き込むことにより人類が誕生したとされる。
いうまでもなく、プロメテウスの創造物=人類 である。
 
 
1802年 (「ハイリゲンシュタットの遺書」が認められた年)、ベートーヴェンは『15の変奏曲 (フーガ付き)』を作曲。
楽譜出版社に "全く新しい流儀で書いた" と手紙で伝えた意欲作である。
 
 
[15の変奏曲 (フーガ付き) op.35〜冒頭のバス主題 (上) および旋律主題 (下)]
 
ベートーヴェンはまず、お気に入りの主題の低音部のみを登場させ、幾つかの変奏を施した後おもむろにメロディを呈示する。
〜ここに "エロイカ" 交響曲フィナーレの原型が姿を見せることになるのだ。
彼のスケッチ帳に "エロイカ" の楽想が現れるのは1803年の初頭から、そして完成は翌04年春と推定されている。
 
ナポレオンを介して理想の英雄像を探究するひとつの "物語" のようなこの交響曲、そしてミューズの住地パルナソス山へ泥人形を運び、審美的教育によって彼らに人間的な性格を与えたプロメテウス。
両者の存在はベートーヴェンの思い描く理想のなかで互いに響き合っていたに違いない。
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | 日記

2016年11月19日

秘曲!"松江町歌"

 
 
「間近し青空 まさに起つべし〜」
合唱団あしべが目下練習中の歌である。
 
我々が拠点とする江戸川区松江、この地名の由来は1889(明治22)年の市町村制施行に遡るのだそうだ。
このときに小松川村と西一之江村とが合併して「松江村」が誕生、その後「松江町」となったのが大正15(1926)年4月のことである。
 
昭和4(1929)年、小岩にゆかりのある北原白秋(一年ほど住んでいたことがあるそうな) に作詞を、そして山田耕筰に作曲を依頼、松江町歌が作られた。
...そう、「からたちの花」「この道」「ペチカ」など数多くの名曲を生んだゴールデンコンビである。
 
これは歌ってみたい!
団員Kさんが楽譜を含めた資料を集めてくださった。
 
1番の詞はこのようなものである。
 
間近し青空 まさに起つべし
誓って創らむ 理想の自治体
運河は到れり 野に水明れり
われらがこの町 人は和したり
輝け 新都市 起てよ松江
松江 松江 わかき松江
 
(漢字およびかなの表記は現代のものに改めた)
 
以下3番まで続くのだが、「自給の生活」「蔬菜」「未来の光芒」etc. と、時代の息吹をひしひしと感じる言葉が並ぶ。
対する山田耕筰の音楽はリズム、和声ともに思いの外モダンな香りがする。
そこがまた興味深い。
 
ところが...
3年後の昭和7(1932)年10月、この松江町歌は歴史の表舞台から姿を消すことになる。
当時の周辺7ヶ町村 (小松川町・松江町・小岩町・鹿本村・篠崎村・瑞江村・葛西村) が合併して江戸川区が誕生したのだ。
あくまで想像だが、松江町歌が歌われる機会はこれによりほぼ無くなったであろう。
 
いささか蒼然とした歌詞に面食らいつつも、あしべのメンバーは楽しく歌ってくださっている。
どこかで披露する予定があるわけでもないが、"かつてこういう歌があってね..." と心の隅に置いておくだけでも良いかな、と思っている。
 
もちろん "お座敷" がかかれば、いつでも歌いに参ります!
 
2016年10月、
江戸川区合唱祭でのワンショット。
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 15:53| Comment(0) | 日記

2016年11月08日

二十五絃筝のしらべ

 
 
山本亜美 二十五絃筝リサイタル
〜紡ぐ、筝、歌〜 を聴く。
(2日、近江楽堂)
 
ご案内くださったのは、僕が音大に通っていた頃からの友人で作曲家の森亜紀さん。
今回、森さんが二十五絃筝のために書かれた新曲が初演されるということで、期待を胸に会場へ。
 
 
新しい「筝」というと宮城道雄氏の開発した十七絃筝くらいしか思い浮かばなかったのだが、この二十五絃筝は制作されてからようやく25年になるのだそうだ。
 
この日演奏されたのは以下の6作品。
記憶 improvisation 
森亜紀/3つのスケッチ (初演)
湯浅譲二/筝歌「雪はふる」
高橋久美子/「思ひ出」より (初演)
新実徳英/万葉・恋の譜T(改定初演)
森亜紀/つむぐ
 
あたかも会場の温度や湿度、空気の震え具合などを一つ一つ確かめていくかのごとく、おもむろに山本さんの即興演奏が始まる。
その響きは僕の想像をはるかに超えて、玲瓏として澄みきっていた。
もちろん、ここぞという瞬間にはその指先に力を込め硬い (そしてやや歪ませた) 音を奏でる...そのコントラストがえも言われぬ表現の幅広さを感じさせるのだ。
 
森さんの新作は「光のスケッチ」「水のスケッチ」「風のスケッチ」の3曲からなっている。
『ここ (近江楽堂) で演奏されることを念頭に、ひたすら響きにこだわった』と作曲家ご自身がおっしゃっていたとおり、実に彩り豊かな佳品。
そしてリサイタルの "トリ" を飾った「つむぐ」は『山本亜美さんをイメージして書いた作品 (プログラムノートより)』だけあって、楽曲に込められた愛情がすさまじいほどに溢れていた。
それはおそらく奏でる側の山本さんにとっても同じだったのではないだろうか...圧倒的なエネルギーが作品へ注ぎ込まれているように感じられた。
 
その他の曲ではやはり、湯浅氏の「雪はふる」が圧巻。
表現の深さ、そしてそこに選ばれた音色たちの精妙さといったら...!
『海にもゆかな 野にゆかな
かへるべもなき身となりぬ ...』
三好達治の詩との調和も味わい深かった。
 
また高橋氏、新実氏の作品でゲスト出演された青山恵子さん (メゾソプラノ)、そのお声の美しさはもちろんのこと、発せられる "ことば" の明瞭さと表現力の強さに心底感嘆した。
北原白秋の懐かしさを帯びた美しい詩、そして万葉の歌人たちによる雅で素朴なうたが、言葉の粒となって聴く者の心を撃ち抜いてゆくかのようであった。
 
今回、不勉強な僕にこのような新鮮な体験を与えてくださった山本亜美さんと森亜紀さんに、心からの感謝を申し上げたい。
 
 
posted by 小澤和也 at 22:48| Comment(0) | 日記

2016年11月05日

演奏会のお知らせ

 
 
立川市民オペラ公演2017
ビゼー『カルメン』 全4幕・原語上演
 
2017年3月19日(日)/20日(月祝)
いずれも14時開演
たましんRISURUホール (立川市市民会館) 大ホール
 
総監督:砂川稔
演出:直井研二
指揮:古谷誠一
管弦楽:立川管弦楽団
合唱:立川市民オペラ合唱団 他
合唱指揮:小澤和也
 
キャスト (19日/20日)
カルメン    鳥木弥生/増田弥生
ドン・ホセ   又吉秀樹/澤ア一了
ミカエラ    徳山奈奈/山口佳子
エスカミーリョ 森口賢二/大川博
スニガ     金子慧一/狩野賢一
モラレス    押川浩士/白岩洵
フラスキータ  上田純子/栗林瑛利子
メルセデス   小林紗季子/山下裕賀
レメンダード  高梨英次郎/三浦大喜
ダンカイロ   岡野守/田中大揮
 
 
チケット、まもなく発売予定です。
みなさま、どうぞおはこびくださいませ。
posted by 小澤和也 at 13:26| Comment(2) | 演奏会情報

2016年11月01日

(ワーグナー × ニーチェ) ÷ 茂木健一郎

 
茂木健一郎さんの講演会へ。
(10/28、日比谷図書文化館大ホール)
 
タイトルは
「ワーグナーとニーチェを語る〜感動と癒しのメカニズム〜」。
『私の精神形成上における二人の恩人』(D. F=ディースカウ著「ワーグナーとニーチェ」(ちくま学芸文庫) 巻末の解説より) と公言する茂木さんがこの二大巨匠についてどんなお話をなさるのか、始まる前から興味津々。
また一方で、茂木さんのお喋りがどう脱線してどう戻ってくるか (或いは戻ってこないか) も、僕の密かな楽しみだった。
 
果たして、講演は強烈な刺戟と「目からウロコ」に溢れた楽しいものであった。
それはあたかも、「即興をひたすら仕掛けてくるヴァイオリン・ソロ (独奏者はもちろん茂木さん) に必死につけていくオーケストラを僕が指揮している」ような気分にさせてくれた。
 
お話の内容をここにつらつらと書いても面白くないので (講演の録音を茂木さんご自身がYouTubeにあげていらっしゃるようでもあるし)、代わりに僕が講演を聞きながら取ったメモ書きを残しておこうと思う。
(それだってちっとも面白くない!というツッコミはひとまず措いて)
 
 
 
vrijdag 28. october
日比谷オペラ塾  Fenice劇場友の会
茂木健一郎氏
 
ジークフリート第3幕、もっともニーチェ的な音楽
 
『悲劇の誕生』を書いちゃったニーチェ
 
ルサンチマン  キリスト教の本質
 
古代ギリシア/ワーグナーの楽劇
 
J. ジョイス
 
永劫回帰
 
運命愛
 
自分の「らしさ」を捨てられる人=天才
 
日の丸盆
 
ビートルズ、お墨付き、マイスタージンガーのヴァルターの歌
 
岸見一郎  アドラー心理学
 
大英博物館  ケンタウロス像
 
古代ギリシアの精神を現代に復活させようとしたのがニーチェとワーグナー
 
ヴァルキューレ第3幕、魔の炎
ばらの騎士、三重唱
 
(メモ書きここまで)
 
 
きっと茂木さんご自身、言葉にするよりも圧倒的に速いペースで矢継ぎ早にいろいろな物事が頭に浮かんでいるのだろうなと感じた。
あのモーツァルトの「音符を書き留めるペンの動きが、よどみなく浮かぶ楽想の速さに追いつかない」という有名な逸話のように...
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 15:17| Comment(0) | 日記