2017年05月03日

白秋の『白き花鳥図』〈5〉

 
 
『黎明』
 
印度画趣
 
白き鷺、空に闘ひ、
沛然と雨はしるなり。
 
時は夏、青しののめ、
濛濛と雨はしるなり。
 
早や空(むな)し、かの蓮華色(れんげしょく)。
二塊(ふたくれ)の、夢に似る雲。
 
くつがへせ、地軸はめぐる。
凄まじき銀と緑に。
 
白き鷺空に飛び連れ、
濛濛と雨はしるなり。
 
 
・黎明(れいめい)...よあけ。物事の始まり。
・沛然(はいぜん)...雨のさかんに降るさま。
・濛濛(もうもう)...霧や小雨などで薄暗いさま。
・凄まじい...色などさめきって白っぽい。
 
 
『白き花鳥図』全18編中、14番めの詩。
多田武彦はこの『黎明』を組曲の第1曲に選んでいる。
"闘ひ" "雨はしる" "くつがへせ" など、力や勢い、はやさや厳しさを想起させる語句が並ぶこの一編 (特に "雨はしる" は三度にわたり用いられている) は実際、作品の冒頭を飾るに相応しいと思う。
 
題名の傍らには「印度画趣」と添えられている。
白秋の見た (想像した) 画がインド風のそれであったのか、あるいは "蓮華色"=朝焼けの空の色からハチスの花が連想されたのだろうか。
 
これまでにも述べてきたが、白秋の 「言葉の選び方へのこだわり」がこの『黎明』においても強く感じられる。
この詩の初出は昭和2年4月 (詩集としてまとめられる2年前) だが、それと読み比べるとほとんどの行が推敲され書き換えられているのに気付く。
長くなるが、以下に全文を掲げてみよう。
 
 
『黎明』
 
白き鷺空に闘ひ、
沛然と雨はしるなり。
 
時は夏、青しののめ、
瀉(かた)はいま雨はしるなり。
 
現(うつゝ)なり、善きも悪しきも、
超えよ、かの夢に似るもの。
 
くつがへせ、地球はめぐる、
水天の幻と帆と。
 
蜃気楼(かいやぐら)、紫の市、
たちまちに雨はしるなり。
 
 
※原文には全ての漢字にルビが振られているが、煩雑となるため一部を除き省略した。
 
 
以下はあくまで個人的な感想だが、初出版を目にしてから改めて最終形を読み込むと、洗練の度が格段に高くなっているのがわかる。
"かの蓮華色" が後に足されたものである、という点がやはり最大のインパクトであろうか。
(したがって副題の "印度画趣" も初出版にはない)
これも新たに加えられた "凄まじき銀と緑" と互いに響き合って、暗さや青白さが支配的な驟雨の風景の中にあって差し色のような効果を生んでいるように思える。
 
"沛然と" に呼応する "濛濛と" も良いし、"夢に似るもの"→"夢に似る雲"、あるいは "地球はめぐる"→"地軸はめぐる" への改変も、表現の輪郭をより鮮明に浮き上がらせている。
一方で、"蜃気楼、紫の市" という魅力的な一行を敢えて外した詩人の潔さにも感嘆するばかりだ。
最終連がこのような形になったことで、あたかも音楽における「主題回帰」「ソナタ形式における再現部」のようなフォルムの美しさを感じずにはいられない。
 
 
(つづく)
 
 
posted by 小澤和也 at 16:31| Comment(0) | 音楽雑記帳