2018年06月22日

多田武彦『木下杢太郎の詩から』の詩たち〈4〉

 
 
 
雪中の葬列
 
Djan......born......laarr......don
Djan......born......laar, r, r......
鐘の音がする。雪の降る日。
雪はちらちらと降っては積る。
中をまつ黒な一列の人力車。
そのあとに鐘が鳴る••••••
Djan......born......laar, r, r......
 
銀色とあの寂しい
薄紅(うすあか)と、蓮の花弁(はなびら)••••••  ゆられながら運ばれて行く、
放鳥籠の鳥と。
今鉄橋の上に進んだ。都会の真中のー
華やかな叫びも欲もさびれた雪の日の都会のー。
黒い無言の一列がひつそりと、ひつそりと••••••
 
雪は降る。雪は降る。
雪は降る。雪は降る。
Djan......born......laarr......don.
Djan......born......laar, r, r......      (Ⅺ. 1910.)
 
 
【アララギ発行所刊『食後の唄』(大正8年) より引用。原文においてはほぼすべての漢字にルビが振られているが、ここではその大半を省略。また旧漢字は現行のものに改めた】
 
・放鳥(ほうちょう)...葬儀などの時、功徳のために、捕らえていた鳥を放ちやること。
 
 
初出は明治43年3月『昴』。
この詩は第二詩集『木下杢太カ詩集』に収められておらず、よって多田武彦が底本としたのは上記『食後の唄』である。
 
これまで挙げてきた3作品から一転、暗さと冷たさ、寂しさと静けさが全編を支配する。
明治期の東京における出棺の様子を描いたであろうこの『雪中の葬列』。
冒頭の一行、
Djan......born......laarr......don
から聞こえてくるのは鐘のほかに銅鑼、さらには低い太鼓の音のようにも思えるのだが...実際のところはどうだったろうか。
 
金銀ほか様々に彩色された葬具 “蓮華” は燭台や香炉などとともに柩の周りに置かれ、葬列の際には大勢の人夫達がこれらを担いで進んで行ったのだそうな。
放鳥の儀を執り行うために大きな鳥籠までもが葬列に伴っていた、ということも今回初めて知った。
 
人間の死の無常さと、雪に包まれた冬の都会の無機的な虚しさとがこの詩の中で響き合っている。
多田武彦がこの詩に付けた音楽も、(僕の知る限り) 彼の曲の中で最も不気味な、そして表現主義的な色合いを帯びたものだ。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 16:17| Comment(0) | 音楽雑記帳

2018年06月12日

多田武彦『木下杢太郎の詩から』の詩たち〈3〉

 
 
柑子
 
鴎の群はゆるやかに
一つ二つと翔りゐぬ。
海に向かへる小丘(こやま)には
円(まろ)き柑子が輝きぬ。
われはひそかに忍びより、
たわわの枝の赤き実を
一つ二つとかぞへしに、
兎のごとき少女(おとめ)来て、
一つはとまれ、二つとは
やらじと呼びて逃げ去んぬ。
おどろき見れば夢なりき。
鴎の群はゆるやかに
一つ二つと翔りゐぬ。
 
 
【第一書房版『木下杢太カ詩集』(昭和5年刊) より引用。原文においてはほぼすべての漢字にルビが振られているが、ここではその大半を省略。また旧漢字は現行のものに改めた】
 
・柑子(こうじ)...こうじみかん。季語:秋。果実はみかんより小さく、果皮薄く果肉は薄黄色。酸味は少ないが淡白な味。
・とまれ...ともかく。ともあれ。
 
初出は明治41年11月『明星』。
多田武彦が作曲にあたって底本としたのは前出の『両国』『こほろぎ』同様、第二詩集『木下杢太カ詩集』である。
 
描かれているのは杢太カの故郷である伊東の情景であろうか。
詩全体を通して小気味よい七五調。
「翔りゐぬ」「輝きぬ」「逃げ去んぬ」といった若々しくエネルギーにあふれたことばの数々、またそこここに散りばめられた「一つ二つと...」の響きも軽やかさと調子の良さを醸している。
 
杢太カ少年の前に不意に現れ、からかうように言葉をかけて去っていった少女。
初対面か、あるいは知り合いだったか。
ひょっとすると彼にとって ”ちょっと気になる“存在だったのかしら...
はっと我に返った少年の視界には先ほどと同じ鷗の群れが。
彼が微睡んでいたのはほんの一瞬だったのだろうか。etc.
想像が広がってゆく。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 01:54| Comment(0) | 音楽雑記帳