2019年04月21日

きせない

 

松下耕さんの『湖国うた紀行』。
琵琶湖周辺の各地に伝わる仕事歌やわらべ歌を素材とした「合唱のためのコンポジション」である。
作品は次の4曲からなる。
 
まゆとり歌 (近江八幡市末広町)
きせない (彦根旧市街)
甲良の子守歌 (犬上郡甲良町長寺)
船おろし歌 (大津市今堅田町)
 
このなかでまず気になったのが「きせない」。
曲中では囃し言葉のように「キセナイ、キセナイ」と繰り返し歌われる。
「きせない」とは何ぞや?
少し調べてみた。
 
 
時は江戸時代、八朔盆に際して幼年〜10代前半くらいの女の子らが着飾って町内を練り歩く夏の行事があったそうな。
 
「(...)日の暮れ方になると、組邸や町の娘子(じょうし)はサッと一風呂浴び、髪をきれいに結い、ビラビラと光る花簪を挿し、コッテリと白粉を白壁のように塗り、首筋に三本の白い足を描き、絽や縮緬のきれいな着物を着飾り(...)、年の順、背丈の順に並び、互いに手を繋ぎ合って、きせないきせない、の唄を合唱し乍ら京都の舞妓の様な風で町を練って歩く。(...)」
(「彦根藩士族の歳時記 高橋敬吉」藤野滋編著 より引用)
 
天のばたばた ばたついてこけて
去(い)んでおっ母さんに 叱られて
ノウヤッサイ きせないきせない
(松下作品 1番の歌詞)
 
「天の “ばたばた”」がずっと分からなかったのだが、複数の資料から “七夕” の転訛であるらしいことが判明...大いに納得。
 
以下、
天の星さま 数えてみれば
九千九つ 八つ七つ
 
彦根よいとこ お城は山に
前の湖水に 竹生島
 
といったふうに5番まで歌詞が選ばれ付曲されているが、本家「きせない」には20以上の歌詞がある。
それらのなかにはかなりキワドイものも見受けられるようだ。
例えば
 
あいつどこん子じゃ 蹴っつらかせ転がせ
槍で突きたや細槍で
(仲間に加えてもらえないからと行列の邪魔を仕掛けるわんぱくな男児たちに向けて歌ったか)
 
彦根袋町 尾のない狐
人をだまして 金をとる
(袋町は現在の河原町1〜2丁目あたりとのこと。明治〜昭和初期まで花街があったそう)
 
この風習は明治の終わり頃 (大正期とする資料も) に途絶えてしまうが、戦後新たにこれを復活させる動きがあり現在に至るとのこと。
 
きせない行列
(彦根市のサイトにあった資料から画像をお借りしました)
 
 
「きせない」という掛け声の語源についてもさまざまな説があるようだが、以下に引用する説明が僕にはいちばんしっくりくる。
 
「きせないの語源については、鬼債無いとか、飢歳無い、鬼斎無いなどもっともらしい字をあてていろいろと論議されているようであるが、こうした民俗的な風習は(...)大抵偶然の機会にできたものが、行事に発展したのが多いようである。
(...)借金を盆に済まして、あとは鬼債が無いとて「きせない」といったとか、天保の大飢饉にこりごりした領民が、飢ゆる年のない様にとて、飢歳無いといったとか説明されてもいるが、結局は大人が後からこじつけた屁理屈ではなかろうか。
歌の意味にもあるように、盆の晴れ着を着て、ばたついてこけて、着ものを汚したら叱られる。もう着せないといわれよう。といったことを純真に子供たちが口ずさんだもので、むつかしい字をあてるより「着せない、着せない」でよいのではなかろうか。(...)」
(「彦根史話」宮田思洋著 より)
 
 
§参考資料 (上記以外)
日本民謡大観 近畿篇 (日本放送協会編)
日本わらべ歌全集 14下 滋賀のわらべ歌 (右田伊佐雄著)
日本のわらべうた 歳時・季節歌編 (尾原昭夫編著)
 
 
この8月11日(日)に行われる
東京農工大学グリークラブ 第39回演奏会
(小金井宮地楽器ホール)
にて、『湖国うた紀行』を演奏します。
 
皆さまぜひお運びください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:20| Comment(0) | 日記

2019年04月03日

パナマ・ゲイシャを飲んでみた!

 
 
その希少性と豊かな味わいによってこの十数年のうちに “最高級銘柄” と呼ばれるようになった「ゲイシャ (Geisha)」。
 
とうとう飲むことができた!
 
行きつけのカフェのマスターから留守電が入っていたのは数日前のこと。
「Sさんのお店 (珈琲豆の仕入れ先) になんとゲイシャがありました。買ってきました...さてどうしましょう⁈」
どうするもこうするもないではないか!
〜その日のうちにカフェへ。
 
 
ゲイシャはエチオピア原産の比較的新しい種なのだそうな。
標高や気候などの制約から栽培が難しいとされ、注目されることもなく数十年が経過。
しかし今世紀に入りパナマで上質な豆が生産されるようになり、以来常に高値で取り引きされる最高級品になったとのこと。
 
 
挽いた豆を少量の湯で蒸らす。
むんとした濃厚な香りが鼻にまとわりつく。
口に含むと、まろやかな果実系の酸味が広がる。
そしてややとろりとした、ハチミツのような後味も。
ただし甘みはほんの微かに感じる程度。
 
あらゆる刺激 (苦みを除いて) が、僕がこれまで飲んだコーヒーのどれよりも強烈、しかしそれらの全てが絶妙なバランスの中にある。
これはぬるめに淹れたほうが絶対に楽しめると感じた。
 
ちなみに豆のお値段は...
Sさんのお店の他の銘柄のおよそ4倍。
(それでもゲイシャの価格設定としてはかなり良心的ではないかしら?)
では他の銘柄の4倍美味しいのか?と問われるとソコはソコで微妙なところだが。
 
 
“普段飲み(?)” にするわけにはなかなかいかないけれど、一度は体験しておいて損はない味だと思う。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:46| Comment(0) | 日記

2019年04月01日

令和

 

4月1日、
新しい元号が『令和』に決まった。

その出典は万葉集・巻五、
「梅花の歌三十二首」の序文より。
 
〜初春の令月、気淑(うるは)しく風和らぐ。梅は鏡前の粉(こ)に披(ひら)き、蘭は佩後(はいご)の香に薫る。〜
 
[初春のよき月、気は麗らかにして風は穏やかだ。梅は鏡台の前の白粉のような色に花開き、蘭草は腰につける匂袋のあとにただよう香に薫っている。]
 
(岩波文庫「万葉集(二)」より引用)
 
 
はじめ、音と文字だけを見聞きした際には今ひとつぴんと来なかったのだけれど、出典を知りその意味を理解してゆくにつれ (美しい元号だなあ) と率直に思えるようになった。
 
 
こんなことを書くと「今さら何を」と言われそうだが...
実は先々週くらいから、新元号には “和” の文字が入るような気がしてならなかったのだ。
ごく最近、平成の一つ前の元号にも使われていたにもかかわらず、である。
だから『令和』と聞いた瞬間はしばらくドキドキが止まらなかった。
 
 
日常生活の中で僕はもっぱら西暦を用いている。
それでも、「平成◯◯年」といった呼びならわし方をももつ現在の日本の暦のありかたは嫌いではないな。
 
うまく説明できないけれど。
 
 
自分の名前の漢字を (電話などで) 相手に伝える際にはこれまでずっと
「“かず” は...昭和の和です」
と言っていた。
これからは「令和の和です」と得意顔で説明することにしよう。
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 22:54| Comment(0) | 日記