2020年01月18日

我が懐かしの「月下の一群」<5>

 
 
 
『秋の歌』 ポール・ヴェルレーヌ
 
秋風の
ヴィオロンの
節ながき啜泣
もの憂き哀みに
わが魂を
痛ましむ。
 
時の鐘
鳴りも出づれば
せつなくも胸せまり
思ひぞ出づる
來し方に
涙は湧く。
 
落葉ならね
身をば遣る
われも、
かなたこなた
吹きまくれ
逆風よ。
 
【新潮文庫版「月下の一群」(1955年刊) より引用。原文においては以下のようにルビが振られている。
第3行『節(ふし)』『啜泣(すすりなき)』
第4行『憂(う)き』『哀(かなし)み』
第5行『魂(たましひ)』
第6行『痛(いた)ましむ』
第10行『出(い)づる』
第11行『來(こ)し方』
第14行『遣(や)る』
第18行『逆風(さかかぜ)』】
 
 
有名な、あまりに有名な一編。
明治〜大正期の詩人・上田敏による名訳 (「秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの etc.」訳詩集「海潮音」(1905年刊)所収) をはじめ、金子光晴・窪田般彌の訳も知られている。
 
 
堀口大學の『秋の歌』は「月下の一群」初版に先立って彼の処女訳詩集「昨日の花」(1918年、籾山書店刊) に収められていた。
「月下〜」初版を大學の訳詩のベースラインとするならば、「昨日の花」はさらにそのプロトタイプとでも言えようか。
 
 
詩の第一連、
初版ではこのようになっている。
 
『秋の歌』 ヴェルレエン
 
秋の
ヴィオロンの
節ながき啜泣
もの憂き哀みに
わが魂を
痛ましむ。
 
第1行でいきなり (あっ!) と思った。
〜秋風、ではないのか?!
(前にも書いたが、詩集を手に取るよりも先に「男声合唱曲集・月下の一群」に慣れ親しんでいた僕にとっては、その歌い出しは『秋風の〜♪』以外想像できなかったのである)
 
 
答えは大學訳の「ヴェルレーヌ詩集」(新潮文庫) の中にあった。
注釈において彼はこのように記している。
 
(...)秋風のヴィオロンのーとした本書の訳に驚く読者があるかもしれないが、(...)ふとこのヴィオロンは秋風の音だと気づいた時から、風の一字を加えることにした。(...)
 
その3年前 (1952年) に出たばかりの「白水社版・月下の一群」でもこの部分は『秋の』のままである。
ヴィオロン=風の音、というアイディア、まさに風のように大學の脳裡に吹き込んできたのだろうか。
 
 
ちなみにこの「ヴェルレーヌ詩集」(僕の手元にあるのは第34刷改版 (1973年) ) では、第4行以下が
 
もの憂きかなしみに
わがこころ
   傷つくる。
 
となっている。
あたかも庭の草花を日々世話するかのごとくに、一行一行に常に手を加え続けずにいられない大學のあくなき探求の心が見て取れる。
 
 
第二連以降、この続きは改めて。
posted by 小澤和也 at 09:42| Comment(0) | 音楽雑記帳