--> --> 「源流をたどる(4)」の続きです。 『カヴァレリア・ルスティカーナの源流をたどる』 (1) へのリンク↓ (2) へのリンク↓ (3)へのリンク↓ (4)へのリンク↓ [第6場] 【トゥリッドゥ、ローラ、フィロメーナ、ブラーズィ、カミッラ、ヌンツィア】 ヌンツィアの居酒屋の前の広場。 オペラの「シェーナ、合唱と乾杯の歌」にあたる場面。 戯曲では前の第5場から続くシーンであるが、オペラにおいては前景との間に例の有名な「間奏曲」が挿入されているのはご存知のとおりである。 ヌンツィアの居酒屋の前の広場。 皆で一杯やろう、とトゥリッドゥがローラに声をかける。 ブラーズィ、カミッラ、フィロメーナも集まってくる。 オペラではトゥリッドゥ、ローラと合唱が『輝くグラスのなかで泡立つワインに万歳!」と歌うのだが、戯曲ではトゥリッドゥを中心に軽妙な、そして際どい会話が続く。 トゥリッドゥ: (店の中のヌンツィアに向かって) おい、母さん!あの美味い酒はまだあるかな? ヌンツィア: ああ、あるよ、お前さんがきょうフランコフォルテから買ってきたはずのものならね! トゥリッドゥ: わかったわかった、復活祭の日だってのに母さんまでそんな話するなよ(...) ローラ: 兵隊に行ってた先では向こうの女たちをこんなふうに口説いていたのね、見れば分かるわ! トゥリッドゥ: まったく女ってやつは!俺はいつでもこの村のことばかり考えていたんだ (...) 可哀想な男が遠くへ行って、頭も心もおかしくなって、それでも一人の女のことだけを考えながら... そこで突然聞かされるんだ、「あの女結婚したんだぞ」って! ローラ: あんたが遠くにいてそこで他の女に囲まれているときでも「彼女らには一切見向きもせずひとりの女のことだけをずっと考えている」と女は信じてるだなんて思ってるの? そして帰った後は最初の女に落ち着くとか思いたいわけ? トゥリッドゥ: 悪かったよ、謝るよ... 〜なんとも散々なトゥリッドゥである。 [第7場] 【アルフィオ、トゥリッドゥ、ブラーズィ、ローラ、カミッラ、およびフィロメーナ】 この場面以降はオペラの「フィナーレ」に相当する。 アルフィオがトゥリッドゥの差し出すグラスを撥ねつけ、二人が決闘の約束を交わすという展開は戯曲においてもほぼ同じであるが、一つ決定的に異なる点がある。 トゥリッドゥ: アルフィオさんよ、何か俺に言いたいことがあるのかい? アルフィオ: 何も。俺が言いたいことは分かっているだろう。 トゥリッドゥ: それじゃ俺はここであんたの言いたいようにするさ。 (先に席を外していたブラーズィが妻に家へと入るように合図し、カミッラは出て行く) ローラ: いったいどうしたの? アルフィオ: (ローラの言葉に耳を貸さず彼女を押しやって) ここでちょっと顔を貸してくれれば、腹を割ってあの話ができるんだがな。 トゥリッドゥ: 村はずれの家のところで待っていてくれ、(...)すぐにあんたのところへ行くから。 (互いに抱き合ってキスをする。トゥリッドゥは彼の耳を軽く噛む) アルフィオ: よくやってくれた、トゥリッドゥさんよ!お前さんにはその腹づもりがあるってことか。これこそ名誉を重んずる若者の誓約というものだ。 ローラ: ああ、マリアさま!アルフィオさん、どこへ行くの? (...) このように、戯曲においてはトゥリッドゥがアルフィオの耳を噛む瞬間をローラも目撃するのだ。 そしてアルフィオだけがこの場を立ち去り、第8場へと進む。 [第8場] 【トゥリッドゥ、ローラ、およびヌンツィア】 「俺がもう持ってこないほうがお前にはいいんだろうが」とアルフィオに突き放されうろたえるローラ。 ローラ: トゥリッドゥさん!あなたまでこのまま私のことを放っておくつもり? トゥリッドゥ: 俺はあんたとはもう関係ない、二人の仲はすっかりおしまいだ。あんたの旦那と生き死にを賭けて抱き合ってキスしたのを見たろう? 戯曲ではローラのただならぬ心境が克明に描かれ、この終盤における物語中の存在感も確かである。 (この後の最終第9場にも彼女は登場する) マスカーニがオペラ化にあたり、ローラを “修羅場” から早々に退場させているのも彼なりの考えがあってのことであろう。 ローラとのやり取りのさなかに「まだいたのかい?」とヌンツィアが顔を出す。 そこで、酔いのせいにして「サンタを頼む...」とトゥリッドゥが最後の思いを母親へと託すくだりはオペラと戯曲でほぼ共通である。 alla Santa, che non ha nessuno al mondo, pensateci voi, madre. サンタのことなんだけど...あいつには頼れる人が誰もいないんだ...だから考えてやってくれないか、母さん。 cf. 前にも触れたが、短編小説においてはサントゥッツァは裕福な農園主コーラ氏の娘という設定になっている。 [第9場] 【ヌンツィア、ブラーズィ、ローラ、フィロメーナ、カミッラ、およびピップッツァ】 以下、台詞の全文を拙訳にて: ヌンツィア: いったい何が言いたいんだい? ブラーズィ: ローラ、家にお帰りよ、帰るんだ! ローラ: なんで帰らなきゃならないのよ? ブラーズィ: 今お前さんがここに、この広場にいちゃ良くないんだよ!もし誰かについていてほしかったら...おい、カミッラ、ここでヌンツィアさんのそばにいてやってくれ。 フィロメーナ: ああ、神様! ヌンツィア: 息子はどこへ行ったんだい? カミッラ: いったい何があったのさ? ブラーズィ: 見てなかったのか、ばかだなあ、あのとき耳を噛んだろう?あれは俺がお前を殺すか、さもなくばお前が俺を殺すか、って意味なんだ。 カミッラ: ああ、なんてこと! ヌンツィア: 私のトゥリッドゥはどこへ行ったのさ?もう何がどうなっているんだい? ローラ: 不幸な復活祭になってしまった、ヌンツィアさん!一緒に飲んだワインがぜんぶ毒になったのよ! ピップッツァ: トゥリッドゥさんが殺された!トゥリッドゥさんが殺されたよ! (幕) こうして戯曲とオペラを比較してみると、マスカーニと台本作家たちによるオペラ作品としての再構成がいかに当を得たものであるかを改めて実感させられる。 同時に、今回の戯曲台本との出会いによって、近い将来再び「カヴァレリア〜」のスコアを開いたときにこれまでとひと味違った楽譜の風景が見えてくるような気がするのだ。 楽しみである。 [参考資料] カヴァレリーア・ルスティカーナ/河島英昭訳 (岩波文庫) オペラ対訳ライブラリー カヴァレリア・ルスティカーナ/小瀬村幸子訳 (音楽之友社) イタリアオペラを原語で読む カヴァレリア・ルスティカーナ/武田好 (小学館) 戯曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」翻訳/武田好 (星美学園短期大学研究論叢第40号) Cavalleria rusticana/Giovanni Verga (OMBand Digital Editions) |
2022年07月20日
カヴァレリア・ルスティカーナの源流をたどる (5)
posted by 小澤和也 at 08:38| Comment(0)
| 音楽雑記帳