三好達治、昭和16年秋に第六詩集『一点鐘』を刊行。
37編の詩と1編の散文詩を収める。
うち半数近くが「海」に関連する題材をとった詩となっているのが特徴だ。
多田武彦も、この詩集の中から組曲の第4〜7曲のテキストを選んだ。
『海 六章』のうちの『ある橋上にて』『既に鴎は』『この浦に』の3編、加えて『鴎どり』である。
4. 『この浦に』
この浦にわれなくば
誰かきかん
この夕(ゆうべ)この海のこゑ
この浦にわれなくば
誰か見ん
この朝(あした)この艸(くさ)のかげ
水彩による小ぶりな、淡い色合いの風景画のような詩。
そのリズムは伝統和歌のように昔風であるが、同時に新鮮さをも感じさせる。
これに付けられた音楽も、1分足らずのひっそりとしたものである。
6. 『既に鴎は』
既に鴎は遠くどこかへ飛び去った
昨日の私の詩のやうに
翼あるものはさいはひな…
あとには海が残された
今日の私の心のやうに
何かぶつくさ呟いてゐる…
昨日と今日、
飛び去った鴎と残された海、
私の詩と私の心 etc.
これらあらゆるものの対比によって、詩人の心の虚しさが静かに浮き彫りにされている。
最初の二行はテノールの独唱によってしっとりと歌われ、短いながらも第3曲『涙』と並んでこの組曲の聴きどころとなっている。
7. 『ある橋上にて』
十日くもりてひと日見ゆ
沖の小島はほのかなれ
いただきすこし傾きて
あやふきさまにたたずめる
はなだに暮るるをちかたに
わが奥つきを見るごとし
組曲『海に寄せる歌』の終曲にあたる。
音楽の持つ気分は前曲『既に鴎は』に近く、人生の無常を優しく、淡々と歌う。
詩の第三連でにわかに感情が高まるものの、それもすぐに収まってゆく。
はなだ(色)【縹色】は、薄い藍色のこと。
おちかた【遠方】は文字通り、あちらの方を指す。
そして、奥つき【奥つ城】は…墓所である。
詩人によって選ばれたこれらの言葉の、哀しいほどの美しさよ。
組曲第5曲『鴎どり』は…項を改めよう。
(つづく)