2015年07月27日

『海寄せ』に寄せて〈5〉

 
多田武彦/男声合唱組曲『海に寄せる歌』
(三好達治作詩)
 
 
5. 『鷗どり』
 
ああかの烈風のふきすさぶ
砂丘の空にとぶ鷗
沖べをわたる船もないさみしい浦の
この砂濱にとぶ鷗
(かつて私も彼らのやうなものであつた)
 
かぐろい波の起き伏しする
ああこのさみしい國のはて
季節にはやい烈風にもまれもまれて
何をもとめてとぶ鷗
(かつて私も彼らのやうなものであつた)
 
波は砂丘をゆるがして
あまたたび彼方にあがる潮煙り その轟きも
やがてむなしく消えてゆく
春まだき日をなく鷗
(かつて私も彼らのやうなものであつた)
 
ああこのさみしい海をもてあそび
短い聲でなく鷗
聲はたちまち烈風にとられてゆけど
なほこの浦にたえだえに人の名を呼ぶ鷗どり
(かつて私も彼らのやうなものであつた)
 
 
達治の第六詩集『一点鐘』所収。
前出の『海 六章』(ある橋上にて/波/貝殻/既に鷗は/この浦に/重たげの夢) に続く詩である。
多田武彦が第3曲として取り上げた『涙』(『艸千里』所収) と並ぶスケールの大きさを持つ作品。
 
河盛好蔵氏が述べているように、これは『或る日の作者の自画像』であり、抗いきれぬ運命への反抗と挫折を繰り返していたであろう当時の心境を回想の形でうたったものである。
 
音楽は、闘争的なニ短調の力強い響きで始まり、展開する。
一方、リフレインの(かつて私も〜)では対照的に、すべてのエネルギーを己の内へに向け自問するように歌われる。
 
第三連「春まだき日を〜」の部分では曲想がにわかに変わり、回想の、あるいは憧れを帯びた色合いとなる。
(このあたり、聴き手によって異なる感慨をいだくであろう)
そして最後のクライマックス、テンポを減じて叫ぶように歌われるのが「人の名をよぶ鷗どり」。
人の名、とは…
理想のひと、愛するひとの名前であろうか。
 
この『鷗どり』、
「詩」と「音楽」との妙なる調和を味わえる歌だと思う。
 
 
(完)
 
 
posted by 小澤和也 at 21:23| Comment(0) | 音楽雑記帳
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