2016年06月25日

「魔王」と「ハンノキの王」

 
我がペーテル・ブノワの曲に "Le Roi des aulnes" という1幕もののオペラがある。
直訳すると『ハンノキの王』、若きピエール (当時はこう名乗っていた) がパリで一旗揚げようと意気込んでいた頃の作品らしい。
結局これはブリュッセルで一度 (数度?) 上演されただけで、パリでの成功には繋がらなかったようである。
現在では序曲だけが知られている、と言われているがおそらくはそれもベルギー国内でのことであろう...とても佳い曲なのだが。
 
 
以前からこの題名がちょっと気になっていた。
『ハンノキの王』っていったい何?
手元にあるCDには、上記フランス語タイトルの他に英語で "The King of Alders" と記されている。
もちろん alder=ハンノキ、である。
また、アントウェルペンのペーテル・ブノワ財団から出ている序曲のスコアには、オランダ語で "De Elzenkoning" とある。
これも els=ハンノキ (複数形はelzen)、koning=王、ということになる。
ではドイツ語では?
ハンノキはドイツ語で Erle、ならばハンノキの王は、と辞書を繰ると...
 
"Erlkönig"=魔王 (北欧伝説で子供を誘って死に至らしめるとされる)
 
なんと!
たしかに、あの有名なゲーテ/シューベルトの『魔王』は "Der Erlkönig" だ。
では...魔王=ハンノキの王、なのだろうか?
 
 
ゲーテ『魔王』を取っ掛かりに調べたところ、少し謎が解けた。
デンマークの伝説 (民間伝承) に "Elveskud" というものがあるそうだ。
僕はデンマーク語にはまったく明るくないのだが、"妖精の一撃" とでも訳せるか。
(そのストーリーはゲーテのそれとは異なり「結婚を控えた若者が出かけた帰りに妖精たちに誘惑される...それを拒んで帰宅した彼は結婚式当日に死体となって発見される、というもの)
 
 
これを独語訳したのがドイツの文学者J.G.ヘルダーである。
ところがヘルダーは、"妖精" の訳語に "Elf" ではなく "Erle"(ハンノキ) をあてた。
うっかりだろうか、あるいは意図的にだろうか。
この物語は "Erlkönigs Tochter" (=ハンノキの王の娘) と題されて世に出る。
そして...我々のよく知るゲーテの "Der Erlkönig" は、これを素材として生み出されたのだ。
 
 
さて、日本では明治時代に、ゲーテ/シューベルトの "Der Erlkönig" を『魔王』と訳した。
なぜ『ハンノキの王』でないのか?
ヘルダーの誤訳 (意訳?) に気づいて直したのだという説があるそうだ。
『妖精の王』→『妖魔王』→『魔王』といったような変遷があったかしら...あくまで想像だけれど。
 
 
ブノワの『ハンノキの王』のあらすじを知りたいのだけれど、資料をなかなか見つけられないでいる。
序曲はとても快活だし、あのオッフェンバックが主宰する劇場での上演を目論んでいたということなので、予想に反して楽しいオペラだったりして...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 21:46| Comment(0) | 日記
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