『鮎鷹』 鮎鷹は多摩の千鳥よ、 梨の果(み)の雫(しづ)く切口、 ちちら、ちち、白う飛ぶそな。 鮎の子は澄みてさばしり、 調布(たづくり)の瀬瀬(せぜ)のかみしも、 砧うち、 砧うつそな。 鮎鷹は初夜に眼の冴え、 夜をひと夜、あさりするそな。 ちちら、ちち、 鮎の若鮎。 水の色、香(かを)る泡沫(うたかた)、 眉引のをさな月夜を ああ、誰か、 影にうかがふ。 註 多摩川のほとりには梨畑多し ・鮎鷹...コアジサシ。チドリ目カモメ科。 ・澄む...曇りがなく明るく見える。 ・砧...槌で布を打ちやわらげ、つやを出すのに用いる木または石の台。また、それを打つこと。 ・初夜...古くは前日夜半〜その日の朝。のちには夕方〜夜半まで。 ・ひと夜...夜じゅう。 ・あさり...動物が餌を探し求めること。 『白き花鳥図』全18編中、9番めの詩。 夜の静けさ、張りつめた空気の中に鮎鷹の動き回る気配とかすかな鳴き声が淡いタッチで描かれている。 言葉のリズム(終始5+7で運ばれてゆく)が実に心地よい...ここでも白秋の言葉の選択の確かさを味わうことができる。 "ちちら、ちち" と "砧うち"、また "夜をひと夜" と "鮎の若鮎" といった軽妙な語感の対比も面白い。 加えて、季節の表現に詩人の遊びごころを感じるのは僕だけではないだろう。 梨の切り口から果汁が滴る、といえばやはり実りの秋。 一方、砧打ちは晩秋から冬にかけての夜なべのイメージ。 そして若鮎は春に川をさかのぼる元気の良い鮎だ。 時の経過をもさりげなく詩に織り込んでいるかのよう。 多田武彦はまず、ピアノ伴奏付き同声三部合唱の形で組曲『白き花鳥図』を書いた。 1964年のことである。 ただしこのときの構成は、選んだ詩・曲順ともに現在知られる形とは異なっていた。 すなわち、 1. 黎明 2. 白鷺 3. 白牡丹 4. 鮎鷹 5. 柳鷺 の全5曲であった。 その後「柳鷺」を省くとともに「数珠かけ鳩」「老鶏」の二編を加え、無伴奏混声合唱組曲として再構成する。 新たな曲順は以下の通り。 1. 黎明 2. 数珠かけ鳩 3.白牡丹 4. 鮎鷹 5. 老鶏 6. 白鷺 以降この形がベースとなり、男声合唱版 (今回農工グリーが歌うのがこれである)、さらには女声合唱版 (再びピアノ伴奏付き!) が編まれ現在に至る。 「黎明」はポリフォニックな要素を含んだ堂々たる急速楽章、「白牡丹」は軽やかにはばたく中間部を伴う神秘的な緩徐楽章、「老鶏」は烈しいスケルツォ、そして宗教的な気分を湛えたアダージョ=フィナーレの「白鷺」といった有機的な楽曲配置を見ることができる。 「数珠かけ鳩」と今回の「鮎鷹」は素朴で抒情的な間奏曲といったところか。 (つづく) |
2017年04月22日
白秋の『白き花鳥図』〈3〉
posted by 小澤和也 at 00:42| Comment(2)
| 音楽雑記帳
(お返事が遅くなり失礼いたしました)
この『白き花鳥図』のヴァージョンの変遷は興味深いですね。
実は私、『柳鷺』は未聴なのです...どのような曲なのか、にわかに気になってきました。