2018年07月20日

多田武彦『木下杢太郎の詩から』の詩たち〈5〉

 
組曲の最後に置かれた詩である。
 
 
市場所見
 
沖の暗いのに白帆が見える、
あれは紀の国蜜柑船。
蜜柑問屋に歳暮(くれ)の荷の
著(つ)く忙しさ ー 冬の日は
惨澹として霜曇(しもぐも)る市場の屋根を照らしたり。
 
街の柳もひつそりと枯葉を垂らし、
横町の「下村」の店、
赤暖簾さゆるぎもせず。
 
街角に男は立てり。手を挙げて指を動かし
「七(なな)番、中一(なかいち)あり」と呼びたれば
兜町、現物店の門口に
丁稚また「中一あり」と伝へたり。
 
海運橋より眺むれば
雲にかくれし青き日は
陰惨として水底(みなぞこ)に重く沈みて声もなし。
時しもあれや蜜柑船、
橋の下より罷りいづ。
そを見てあれば、すずろにも
昔の唄の思ひ出づ。
 
あれは紀の国蜜柑船。
 
 
【第一書房版『木下杢太カ詩集』(昭和5年刊) より引用。原文においてはほぼすべての漢字にルビが振られているが、ここではその大半を省略。また旧漢字は現行のものに改めた】
 
・霜曇り...霜のおくような夜の寒さに空の曇ること。
・現物...ここでは現物取引 (売買契約の成立と同時または数日後に現品の受渡しを行う取引) の意か。
・罷り出づ...参上する。人前に出て来る。
・漫ろ(すずろ)...理由もないさま。予期しないさま。
 
 
初出は明治44年1月『昴』。
作曲にあたって多田武彦が底本としたのは第二詩集『木下杢太カ詩集』である。
 
この『市場所見』、これまで取り上げたどの詩よりも僕には難解に思えた。
“横町の「下村」の店” とは?
第三連に描かれる “「七番、中一あり」” の呼び声は何を表すか? etc.
 
いっこうに手掛かりの掴めぬ中、何かしらのヒントはなかろうかと淡い期待をもって静岡県伊東市の杢太カ記念館を訪ねたのは4月の初めだった。
そこで偶然出会ったのが “杢太カ会” 発行の小さな冊子である。(文頭の画像参照)
タイトルもズバリ
“木下杢太カ『食後の唄』を読み解く”。
さっそく手に取り、ドキドキしながら目次を見ると...
何という幸運!
 
 
すぐに買い求め、帰りの東海道線の中で一気に読んだ。
著者は林廣親先生、杢太カに関する記念講演を文字起こししたもの。
以下の拙文においては、林先生のこのご著書を参考にさせていただいたことは言うまでもない。
 
 
第一連の冒頭。
 
沖の暗いのに白帆が見える、
あれは紀の国蜜柑船。
 
これは江戸発祥の大道芸「かっぽれ」の詞からの引用である。
(なぜこれが詩の冒頭に置かれたか...その理由は最後に明らかとなる)
 
年の瀬のある日。
詩人は日本橋界隈を散策していたのだろうか、まず目にしたのが蜜柑の市場であった。
(この後、彼の視点は次々と移動してゆく...『両国』においてのそれは “レストラントの二階” からの、いわば固定カメラに映った様々な風景であったのと対照的だ)
 
 
第二連も引き続き冬の寒々しい描写に始まる。
そして...下村の店である。
林先生の文章を引用させていただく。
 
この「下村の店」とは、私たちもよく知っている「大丸」の別称ですが、通旅篭町にあったこの店は、明治四十三年十月末日に閉店して、残務処理の営業に移っていました。その時期が、詩の書かれた時期とちょうど重なっています。入り口の暖簾はまだ掛かっていても、出入りする人も稀な状態だったのでしょう。
 
これ以上何を望もうかというほどの見事な解題である。
 
 
第三連。
兜町という地名から金融街のイメージをなんとなく持ったのだが、果たしてその通りであった。
舞台は株取引を営む店の前。
「七番、中一あり」の語は林先生によれば商人達の間の符牒であるとのこと。
(残念ながらその意味は僕には未だ分からず)
通信手段のないこの時代、街角の男の指の合図を店内に中継するのが丁稚の役目だったのだろう。
 
以下補足。
この『市場所見』は杢太カの第一詩集『食後の唄』にも収められているが、第三連の四行目が
 
後場なかば ー 店の前にも
 
となっている。
林先生の文章によれば、”後場半ば“ はやはり業界用語で午後2〜3時頃をさすという。
(さらにそのまた補足であるが、『昴』に掲載された初出の段階では、この第三連四行目そのものが無かったそうだ...すなわち杢太カは出版の折々にこの一行を書き足し、さらに差し替えたということになる。)
 
 
そしていよいよ第四連。
海運橋の上にたたずむ詩人の目にはふたたび、第一連で見たような薄暗い陽の光と冷たい川の水だけが写っているようだ。
そのときー
ふいに蜜柑船が橋をくぐって現れる。
この瞬間の詩人の心の動きはいかばかりであったろう。
いま一度、林先生の文章から。
 
狂言の名乗りに通じるような「罷りいづ」という擬人的な言い回しによって喚起されるのは、「青き日」とは対照的な浮上の感覚です。それは物怖じもせず、舞台にせり上がって来た役者の登場場面を想わせます。「青き日」の寒色に対する「蜜柑」の暖色、沈潜と凝固に対する浮上と開放という、鮮やかに対照的なイメージが詩人の視覚を不意打ちした。
 
その瞬間、わけもなく詩人の脳裡に蘇った ”昔の唄“ が、詩の冒頭に置かれた
 
あれは紀の国蜜柑船。
 
であったのだ。
読み終えて、何とも言えぬ懐かしさ、そして人の心のあたたかさのようなものを感じ取ることのできる味わい深い詩である。
 
 
【参考文献】
木下杢太カ『食後の唄』を読み解く
林廣親 著/杢太カ会 刊
(杢太カ会シリーズ第22号)
 
 
(完)
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 01:18| Comment(0) | 音楽雑記帳
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