この夏に東京農工大学グリークラブ女声メンバーと手がける『湖国うた紀行』(松下耕)。 その世界に少しでも近づけたらと思い、夜行バスを使って滋賀まで0泊3日の旅に出かけた。 早朝、南草津駅に到着...あいにくの雨。 結局この日は残念ながらずっと降られっぱなしだった。 ![]() レンタカーを借り、まず向かったのは彦根。 夏の風物詩「きせない行列」の地元を訪ねる。 青龍山大雲寺。 こちらのご住職が「きせない」を復活させた。 ![]() ![]() お隣が保育園、すぐ脇の細い路地を入ると... ![]() ![]() 割烹やスナックの並ぶエリアが見える。 かつて袋町と呼ばれたこの辺りは県内でも有数の歓楽街であったそうな。 彦根城へ向かって少し歩いてみた。 ![]() 時が止まったかのような街並み。 ![]() ![]() 彦根城もぜひ観たかったのだけれど、時間に限りがあるため断念... 犬上郡甲良町へ向かう。 ![]() 甲良神社。 人影もなく濡れそぼった境内はどこかさびしい。 ![]() ![]() 続いて訪れたのが町立図書館&歴史資料館。 総檜造りの旧小学校校舎を活用しているとのこと。 ![]() ![]() ![]() 資料室の窓から見える美しい風景に心も和む。 ![]() 甲良町・長寺地区へ車で向かう。 楽譜によれば、ここが『甲良の子守歌』発祥の地らしい。 民家もより少なく、田畑よりも空き地 (荒地) が目立つように感じられたのは気のせいだろうか。 ![]() ねんねしてくれ 寝る子はかわいーィ 起きて泣く子は 面(つら)にくいーィ 良い娘嫁入(よめり)する 悪い娘は残るーゥ 嫁入せん娘は わしひとりーィ 子守歌 (寝させ歌) というよりは「守り子歌」、一種の労働歌である...それもおそらくは10歳前後の少女たちの。 自身の境遇の辛さ、裕福な家への羨望のようなものが歌詞にあらわれていると思う。 そしてこの地区がいわゆる被差別部落のひとつであったこととも無関係ではないだろう。 次の目的地は近江八幡。 『まゆとり歌』について何かしら知ることができたらと思ったのだが、事前の調べではどの辺りで養蚕業が営まれていたのかよく分からぬままであった。 (旧安土町の繖山桑實寺は天候不良のため断念) 移動の途中、末広町に歴史資料館があることを知り、訪ねてみることに。 その施設は広く一般に公開している様子ではなかったのだが、アポイント無しで押しかけたにもかかわらず職員の方々は親切に応対してくださった。そして... ![]() この地域にも被差別部落としての不幸な歴史があることを知る。 かつては食肉業・皮革加工業が産業の中心であったとのこと。 それでも、館内に展示されていた末広地区の古い地図には桑畑の記号があちらこちらに見られた...きっと養蚕が盛んに行われた時代もあったのだろう。 最後の目的地は大津市・堅田。 琵琶湖大橋を渡って湖の西岸へ。 『船おろし歌』のルーツを訪ねたかったのだけれど、調査不足そして時間切れのため叶わず。 唯一期待を寄せていた「湖族乃郷資料館」、なんとこの日は休館日! ![]() 気を取り直して...海門山満月寺の浮御堂へ。 ![]() ![]() ![]() 晴れていたら琵琶湖はこの何十倍も綺麗だったことだろう。 ![]() 南草津へ戻り、レンタカーを返して夕食。 店を出た頃、ようやく雨が上がっていた。 ![]() 走行距離190km、およそ10時間の旅。 歌の核心に迫ることのできた瞬間は多くなかったけれど、「湖国」の風景は深く僕の心に残った。 来月からのグリーメンとの練習が楽しみだ。 |
2019年04月28日
『湖国うた紀行』紀行
posted by 小澤和也 at 00:00| Comment(0)
| 日記
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