久しぶりにイシュトヴァン・ケルテスの新しい音源を入手した (ロンドン交響楽団との1964年東京ライヴ) のを機に彼の録音データについていろいろと調べていたところ、こんな資料を見つけた。 “The LSO Discography” “The Vienna Philharmonic on Decca https://www.deccaclassics.com/html/deccaclassics/lyrics-download/vpo-on-decca-classics-discography.pdf これらを見ると、ケルテスがいかに精力的に両オーケストラとレコーディングを行ってきたかが手に取るように分かる。 データをあれこれ眺めつつ、僕の興味は自ずと彼の「最後の録音」のことに。 ご存じのとおりケルテスは1973年4月16日、不慮の事故により43歳の若さで突然この世を去った。 その結果ブラームスの録音の一部が未完となり、オーケストラが遺された部分を録音したというエピソードがある。 CD解説等に書かれているのは「ハイドン変奏曲」なのだが、「第4交響曲の終楽章である」という説もあって、そのあたりのことが何となく気になっていたのだ。 ディスコグラフィには次のようにある: ![]() 1973年2月26日〜3月1日にウィーン・フィルとブラームス第1&第3交響曲、そして「ハイドンの主題による変奏曲」を録音していることが分かった。 そして最終行には 「ケルテスの死を受けて、ハイドン変奏曲が指揮者なしで完成された」とも。 もう少し調べているうちに、1975年リリースの第3交響曲&ハイドン変奏曲のLPレコード (London Records CS6837) のジャケット裏面にケルテスへの追悼文があることに偶然気付いた。 ![]() ↑CS6837のジャケット ↓“His Last Recording”との記載がある ![]() ![]() ↑ジャケット裏面 ↓右下部分 ![]() (これらの画像はネット上にあったものを拝借しました) デッカのマネージャー、Terence A. McEwen氏のよるものだった。 以下、その拙訳を掲げる。 やはりハイドン変奏曲の、おそらくはあのパッサカリア風のフィナーレが遺されたものと思われる。 その早すぎる死の少し前、イシュトヴァン・ケルテスは第1、第3および第4、それに既存の第2の録音を加えてブラームスの交響曲全集を完成させました。第3交響曲はレコード1枚の分量に満たないので、“ハイドンの主題による変奏曲” が加えられることが決定されました。録音セッションが完了する前に時間切れとなりましたが、すぐ後に再びウィーンに戻ってさらなるレコーディングを行う予定であったため、ハイドン変奏曲の終結部はその機会へと持ち越されました。 そして運命は並外れた感性を持つこの若い指揮者を現世から奪い去ったのです。 ウィーン・フィルはケルテスと多くのレコードを制作しました。彼らは周知のとおり指揮者にとっては手強いオーケストラであるのですが、ケルテスが亡くなるとすぐ、高く評価するその指揮者に対しある特別な行為によって敬意を表したいという彼らの願望を我々の会社に伝えてくれました。リスペクトと愛に溢れた雰囲気の中、ウィーン・フィルは指揮者無しでこの若きマエストロの最後のレコーディングを完成させました。 これは私がこれまで体験した中でも類のない賛辞であります。そして同時に我々ロンドン・レコードは、その卓越した美的規範が西洋諸国において賞賛された、また多くの素晴らしい録音によって決して忘れられることのないであろうひとりの音楽家に最後の敬意を表するものであります。 T. A. McEwen Vice President Manager - Classical Division “To pay homage to the conductor it so much esteemed by means of a very special gesture.”... ケルテスがウィーン・フィルにどれほど愛されていたかがひしひしと感じられる文章だ。 |
2019年04月30日
ケルテスのラスト・セッション
posted by 小澤和也 at 21:55| Comment(0)
| 日記
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