§序曲『ブィリーナ』 作曲: 1892年 初演: 1950年7月、ラジオコンサートにて 演奏時間: 12分 編成:フルートx2、ピッコロ、オーボエx2、クラリネットx2、バスーンx2、ホルンx4、トランペットx2、トロンボーンx3、ティンパニ、ハープ、ピアノ、弦五部 1892年、カリンニコフが音楽演劇学校を卒業した直後に作曲された演奏会用序曲。 (当時カリンニコフ26歳) 1951年の没後50周年を機にソ連の音楽出版社がこの『ブィリーナ』を含む幾つかのカリンニコフ作品を出版しているが、初演はそれに先立って行われたことになる。 「ブィリーナ(Bylina)」はロシアに古く伝わる口承による叙事詩である。 ロシアで広く知られた英雄イリヤ・ムーロメツ (グリエールの交響曲) やノヴゴロドの商人サトコ (リムスキーのオペラ) などが音楽ファンにとって耳馴染みのあるブィリーナの主人公たちとのこと。 カリンニコフの『ブィリーナ』は特定の人物を描いた作品ではないようだ。 曲のスタイルは序奏部をもったソナタ形式。 これまで『ニンフ』『組曲』『弦楽セレナード』と見てきたが、ここで初めてソナタ形式の作品が登場することになる。 構成は以下の通り。 均整のとれた典型的なソナタ形式だ。 (71-119 などの数字は小節番号を、カッコ内の数字は小節数を表す) 1) 序奏部 Sostenuto (Andanteと追記あり), 4/4(拍子), ト短調...1-70 (70) ソナタ形式主部 Allegro, 2/4, 変ロ長調 2) 呈示部...71-161 (91) 3) 展開部...162-285 (124) 4) 再現部...286-365 (80) 5) コーダ...366-421 (56) 1) 四分音符主体のゆったりとした序奏部主題がチェロ→第2ヴァイオリン→ヴィオラ→第1ヴァイオリンの順でポリフォニックに奏でられこの曲は始まる。 その後いくつかの派生主題が現れるが、曲調はすべて最初の主題と共通しており、悠然とした雰囲気が序奏部全体を支配している。 クライマックスで金管が主題を強奏したのち曲は穏やかさを取り戻し、主部へと進んでゆく。 2) 呈示部第1主題は長調/短調の間を行き来するような民謡風のもの。 主部全体を通し速度表記はAllegroであるが、戦闘的・直情径行型な楽想はほとんど出てこない。 第1主題の音形を用いた新しいフレーズが現れ盛り上がりを見せたところですぐに第2主題部となる。 Meno mosso (速度を減じて) と指示された第2主題はト長調、ロシア風の哀愁に満ちた美しいメロディ。 【近年、この抒情的な主題がソビエト連邦国歌 (アレクサンドロフ作曲) の歌い出しと酷似していると話題になったそうだが、改めて聴き比べた限り個人的には (そう言われれば似ている...かなあ) といった程度の印象でしかなかった】 この部分でハープとともにピアノによる分散和音の伴奏音形が聞こえてくる。 ロシアの民族楽器グースリを思い起こさせるどこか懐かしい響きである。 3) Tempo primo (=Allegro) に戻ったところから展開部である。 ここでカリンニコフは第1および第2主題のモティーフをさまざまに組み合わせて楽想を展開してゆく。 “考え抜いて書かれた” 印象の強い部分でありやや未消化で単調なきらいもあるが、ここでの経験がのちの第1交響曲第1楽章の見事な展開部に活かされたのだろうと考えると、それはそれで楽しいものだ。 序奏部主題が (アレグロのテンポで) ヴァイオリン、木管そしてトランペットによって力強く奏されると、展開部最後のクライマックスである。 やがて音楽は静まり、ごく自然な流れで再現部へ。 4),5) 再現部はほぼ型通り、第2主題も主調である変ロ長調で現れる。 Meno mossoからテンポを上げ、ふたたび Tempo primoとなってコーダへ入る。 全曲の終わり近く (第381小節〜) に現れる壮麗な全奏とファンファーレ、僕はこの部分に第1交響曲第4楽章、あの力強い最終盤の “原形” を見た。 オーケストレーション技術は3年前の『ニンフ』から格段の進化を遂げ、『組曲』で多楽章構成の作品に挑戦、そして『ブィリーナ』でソナタ形式の楽曲に取り組んだカリンニコフ。 〜次はいよいよ交響曲だ〜 彼はきっとそう思ったに違いない。 |
2019年09月26日
カリンニコフ(5) 序曲『ブィリーナ』
posted by 小澤和也 at 18:25| Comment(0)
| 音楽雑記帳
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