2026年07月16日

ブノワを知る10曲 (8)

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抒情劇《ヘントの和約》

完成: 1876年7月、アントウェルペン
初演: 1876年9月3日、ヘント市立劇場
出版: ペーテル・ブノワ財団


【ヘントの和約とは?】
 スペインと八十年戦争 (1568-1648) を戦っていたネーデルラント17州は、フェリペ2世および総督アルバ公による圧政に対抗し、1576年にヘントにおいて歴史的な協定を結びます。これはカトリック対プロテスタントの宗教対立を一時的に棚上げし、スペイン軍の撤退と諸州の団結を目指したもので、後のネーデルラント独立運動の重要な転機となりました。
この和約は3年後の分裂によって事実上失効しますが、19世紀後半のフランデレンにおいては民族的統一の象徴として神話的な評価を受けるようになっていました。


【作品成立の経緯】
1876年、ヘント市が和約300周年を祝う式典を開催しました。同市出身の作家エミール・ファン・フーテムは5幕8場からなる長大な歴史劇を書き、ブノワがそれに音楽を付けました。彼はこの作品を“Lyrisch Drama”(抒情劇) と呼び、以後抒情劇はブノワの創作における主要なジャンルのひとつとなります。


【物語と音楽】
劇台本はおおむね史実に基づき、そこにカトリック貴族の青年ヨーリスと彼の恋人アンナ、ヨーリスの父ダニエルによる架空の物語が織り込まれつつ進んでいきます。
音楽は序曲と5つの場面が出版されています。

(1) 序曲
[16世紀、ネーデルラントの貴族と民衆によるスペインの暴政への闘争]
冒頭、ティンパニとバスによる減五度の不吉なモティーフと、弦楽器のうねるような半音階進行の不気味な響きで始まります。2分の3拍子、内在するサラバンドのリズムはスペインを暗示しています。
次いで4分の12拍子に変わり、崇高さの中に哀愁をたたえた新しいメロディ (和約のモティーフ) が現れます。有名な「モルダウの主題」や「フィンランディア讃歌」に匹敵する、美しく印象深い旋律です。

(2) アンナとヨーリスの愛の場面
第2幕への前奏曲。甘美な愛のメロディがはじめ管楽器で、のちにチェロやヴァイオリンも加わり綿々と歌われます。

(3) オラニエ公ウィレムの肖像
[祖国愛、苦難、高貴さ、そして英雄的精神]
第4幕への前奏曲。ヘントの和約の中心人物である沈黙王ウィレムの決意と苦悩が巧みに描かれています。
オラニエ公の主題はオラトリオ《スヘルデ川》でも用いられたもので、後に新たに詞がつけられ《フランデレン人の歌 (Het Lied der Vlamingen)》の題名で愛唱歌となりました。

(4) アルバ公のブリュッセル入城
第2幕の幕切れ、プロテスタント弾圧政策を進めるアルバ公がブリュッセルへと進攻する場面の音楽。
ファンファーレと太鼓に続いて、スペイン兵の合唱が
『フランデレンの自由に死を!』
と声高に叫びます。

(5) 乞食党の歌
第1幕の大詰め、ネーデルラント貴族たちの集会の場。
スペイン総督の側近が自分たちを「あの乞食ども」と呼んだことを知った貴族たちは、この蔑称を敢えて自らの誇り高き組織名として用い、“Geuzen (ヘーゼン)“=乞食党を名乗ると決めます。
『粗末な食卓で塩とパンを分け合いながら
乞食党は死ぬまで互いを助け
忠誠を尽くすことを誓った
喜びの日にも、悲しみの日にも』

(6) 和約の祝典 ─ 民衆の祭り
[貴族たちの行列、ギルドおよび修辞家団体の行進〜彼らに随行する笛吹きたちと道化師たち〜民衆の歓喜]
一転して、祝賀のムードにあふれた華やかな音楽が鳴り響きます。
民衆の歌声:
『自由!そして解放!
スペイン人を追い払え!
祖国は救われた!』
『ネーデルラントよ、歓喜せよ
常に主なる神に感謝せよ
神は大いなる恵みをもって
天より甘き平和を授け
われらの民を祝福したもう』


【参考音源】
ファンデンブルーク指揮、VRTフィル
(1996年録音)
Marco Polo 8.225100
「乞食党の歌」を除く5曲を収録、また第4曲および終曲の合唱も省かれています。
posted by 小澤和也 at 19:10| Comment(0) | 音楽雑記帳
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