2012年04月14日

愛聴盤(30)〜ブロムシュテットのシベリウス

§シベリウス/交響曲第3番
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ響
('94年録音)

シベリウスの交響曲というと、人気曲としてまず第2が挙げられる。
(それに次いでは…第1だろうか)
一方で、「後期作品がシベリウスの真骨頂」「第4こそが(一見難解だが)最高傑作」という意見が多いのも確かだ。
そんな中で、すっかり置いてけぼりを食っている感のあるのがこの「第3交響曲」。
なぜだろう…
こんなにチャーミングな曲なのに…

シベリウスの作風変化の契機としてよく挙げられるのが、都市の喧騒を避けてのヤルヴェンパー移住(1904年)、咽頭の異常発覚と手術(08年)である。
これらに、第2〜第4交響曲の作曲年代を重ね合わせると、なかなか興味深い。
第2…01年
第3…04〜07年
第4…10〜11年
〜そう、第3交響曲はいわゆる「過渡期」的作品なのだ。
そして、まさにその点がこの曲の魅力でもある。

第1楽章は実に明快な、二つのテーマを軸として有機的かつ簡潔に構成されたものになっている。
第一主題はぶっきらぼうなほどに素朴、対する第二主題はメロディアスな美しさを持つ。

続く第2楽章はしっとりとしたアレグレットの変奏曲。
主題はどこか寂しげであるが、第1、第2交響曲の緩徐楽章のそれよりも詩情が乾いていて(情に溺れ過ぎていないのだ)、個人的にはこちらの方が好みである。

そしてフィナーレ、第3楽章。
スケルツォ的に始まり、しかもそれが旋律というよりも息の短いモティーフの展開をもって進んでゆく。
そんな中、ヴィオラで示されるコラール風の主題が次第に全体を覆い尽くし、実直で堂々たるエンディングを迎えるのである。

この交響曲の良さを味わう要件は
「指揮者があれこれこねくり回さないこと」
「オケが高機能であること」
に尽きるのではないだろうか。
ブロムシュテットの演奏は、小規模だが個性的なこの作品の性格をズバリ言い当てたような、(皮肉でなく)模範的なものだ。
過度のロマン性、あるいは民族的悲壮感からしっかりと距離をおき、古典的・直截的な表現を指向している。
posted by 小澤和也 at 23:39| Comment(0) | 愛聴盤
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