(続き)
最近、心に残った詩。
もう一つはこれ。
鹿 村野四郎
鹿は 森のはずれの
夕日の中に じっと立っていた
彼は知っていた
小さい額が狙われているのを
けれども 彼に
どうすることが出来ただろう
彼は すんなり立って
村の方を見ていた
生きる時間が黄金のように光る
彼の棲家である
大きい森の夜を背景にして
描かれているのは一頭の鹿。
しかもそれは、今まさに生と死の境に立っていることが見て取れる。
その壮絶な状況下で、すんなりと立つ鹿。
ここでも作者はおそらく、自身のプリンシプルをこの生き物の姿に託して呈示したかったのではないだろうか。
それは…毅然とした潔さ、いついかなる時にも損なわれない気品、至高の美意識、etc.
この詩においても「静けさ」が全体を支配しているように思われる。
鹿の泰然とした佇まい、微かな物音などその中に吸い込まれ溶け去ってしまいそうな、暗く深い森の存在。
このうえなく優美な「静寂」の描写。
そして、
『生きる時間が黄金のように過ぎる』…
なんと清澄で、かつ高い志をもった言葉であろう!
いささか大袈裟かもしれないが、生きるうえでの究極的指標を僕らに与えてくれているような、そんな気がする。