2013年12月25日

伝記 ペーテル・ブノワ(6)

  ペーテル・ブノワの両親
 
 
§第3章
[ペーテル・ブノワは勉強する]
 
祖父と自然だけがペーテル少年の "先生" であり続けることは、当然ながら不可能だった。
彼はやはり学校へ行くべきであった…そして我慢強く勉強する。
当時、『地区競技会』と呼ばれるものがあった…それはその地区のすべての学校の最高学年の生徒達が参加する試験である。
10歳のとき、ブノワもこの競技会に参加し、金メダルを獲得した。
それは間違いなく、大いなる栄誉のしるしであった。
 
我らのペーテルはさらに模範的に最善の努力をする…そして彼の父親は息子に、教師になるための勉強をさせることを決意した。
そのために喜びを失った者、それは不幸なペーテル自身であった。
 
若者が教師となるために進む学校は『師範学校』と呼ばれている。
ブノワがリール(Lier)の師範学校に行くことにしたのは、彼が15歳になったときであった。
そこへ入るためには、入学試験を受けなければならない。
ペーテルは試験を受けた、しかし…
彼はそこで自分の誤りを打ち明けることになった!
 
どうしてこのようなことになったのか?どうすればよかったのか?
彼は良い生徒だったのだろうに!
ならば彼は指定された問いに答えられなかったのか?
 
いや、そうではない、だが…
彼はそうしなかった!そうしたくなかったのだ!
ペーテルは音楽家になることを望んでいた、教師ではなく!
それゆえ彼は易しい問題にも答えず、何も書かれていない答案を出したのだった。
 
こうして彼は自分の意向を貫き通し、作曲家になるべく勉強することを許される。
 "勉強" とは?
そこにはたいへん多くの、そして重要な学ぶべきことがあった。
というのも、作曲家を志す者はただ音符が読めるばかりでなく、音楽理論や楽器奏法など多くのことを知らなければならない…これまでの多くの音楽家がそうしてきたように。
ペーテルは、これらの科目をすべて学ばなければならなかった。
 
・和声学:
音やその響きを、心地よく適切に互いに結合する
・対位法:
与えられた声部に、一つまたはそれ以上の旋律を、全体のフォルムを考慮し美しく音楽的に作曲する技術
・フーガ:
二声、あるいは多声の音楽作品、各々の声部に順番に主題が歌われ、その間、他の声部で適切な応答旋律(対位法的旋律)を聞かせる
 
また彼は、すべての楽器の理論を知る必要があった。
それらの理論は、編曲法および管弦楽法を使えるようにするためのものである。
 
ペーテル・ブノワは作曲家となる意志を固めた。そして…
彼にそれを思いとどまらせるものは何もなかった。
 
(第3章  つづく)
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posted by 小澤和也 at 21:27| Comment(0) | 音楽雑記帳
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