2014年04月18日

雌伏の日々のモーツァルト

 
今日はオフ。
朝から、頭の中がずっと「モーツァルトスイッチ・ON」状態であった。
ここのところ惹かれ続けているのが、彼の1779-80年頃の作品である。
 
地理的にも文化的にも「狭い」ザルツブルクを飛び出し、新天地を求めてのマンハイム〜パリ楽旅から失意のうちに帰郷したモーツァルト。
職を得ることはできず、そのうえ旅に同行していた最愛の母をパリで失う。
そして79年年初よりやむなく、自分の音楽に全く理解を示さない(と彼は感じていた)コロレド大司教のもとに仕えながら再び悶々とした日々を送るのだった。
 
そんなモーツァルトの鬱屈した心中を投影したかのような(それでいてひたすらに美しい!)この時期の作品たち。
その中で僕の特に好きな曲を少し挙げてみる。
 
戴冠ミサ曲 K.317
交響曲第33番変ロ長調 K.319
ディヴェルティメントニ長調 K.334
協奏交響曲変ホ長調 K.364
 
一点の曇りもなく澄み渡った青空のようなミサ曲。
牧歌的な明るさと静やかなあたたかみを持った交響曲。
ディヴェルティメントは、華やいだ気分の第3楽章メヌエットがひときわ有名だが、第2楽章の変奏曲や第5楽章メヌエットのトリオ[1]で不意に姿を現す「翳り」の表情には思わずハッとさせられる。
 
そして今日、僕の心にもっとも沁みたのが、協奏交響曲の第2楽章アンダンテだった。
 
 
数ある「モーツァルトの短調」の中でも、これほどまでにウェットで悲痛な心情を吐露した例は珍しいのではないだろうか。
ここでは哀しみが「一人称」で語られている。
 
81年にはザルツブルクを(そして父レオポルトのもとを)離れウィーン定住を決心するモーツァルト。
それらの作品はそんな彼の、いわば「心の革命前夜」のような強い意志を帯びた音楽だと思う。
posted by 小澤和也 at 23:27| Comment(0) | 日記
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