2018年01月08日

堀口大學展へ

 
美と文学の探索者〜
堀口大學展 (@新潟県立近代美術館) を観る。
 
僕の中で堀口大學とは、なんといっても『月光とピエロ』を書いた詩人であり『月下の一群』を纏めた翻訳家である。
(男声合唱経験のある方ならば必ずや耳にしている名前であろう)
そして恥ずかしながら...
上記が僕の知る大學のすべてであった。
もっと彼を深く識りたい、そう思っていたところでこの企画展のことを知ったのだった。
 
トンネルを抜けると。
越後湯沢を過ぎたあたり。
 
長岡駅からバスに乗る。
信濃川は冬の陽光にきらめいていた。
 
美術館に到着。
 
 
幼年時代のものを含む多くの写真や愛用のネクタイやカフス、作品帳など大學ゆかりの品々が広い館内にゆったりと並ぶ。
 
入ってすぐ、大學の師である与謝野鉄幹・晶子夫妻の筆墨の美しさに思わず見惚れてしまった。
(これら展示物の画像はすべて図録から採ったものです)
 
大學自身の書いた字も、上記作品帳や遺された多くの手紙から見て取れるように、彼の温厚な気質を表すのような穏やかで細やかなものであった。
 
大學の初期の著作のほとんどを飾った版画家・長谷川潔の装画も、その繊細な美が際立っていた。
 
1928年刊行の堀口大學詩集 (第一書房)。
とても豪華な装幀...この画像からは伝わらないけれど。
 
当時における「本を作る/出版する/所有する」といった価値観・感覚は、現在とはまったく異なるものだったのだなと改めて思う。
 
また、大學が収集していた陶磁器や書なども並べられ、彼の「美しきものへのあくなき探究心」を感じ取ることができたのが何よりの収穫であった。
 
大學がサティ『ジュ・トゥ・ヴ』(パコリ詞) の訳詞を手がけていることもこの日初めて知った。
『妾(わたし)はあなたを求める』
という題名に時代を感じる。
 
夕方には東京に戻るという弾丸旅行だったが、静かな充実感と幸福感に満ちた佳い時間であった。
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 22:28| Comment(0) | 日記

2018年01月01日

新年のごあいさつ

 
新年明けましておめでとうございます。
皆さまのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
 
作曲家の魂と真摯に向き合い、佳い音楽を創ってゆくことを心掛け、日々精進してまいります。
 
本年も「音楽ノート」をどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
平成30年元日   小澤和也
 
 
 
 
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posted by 小澤和也 at 23:58| Comment(0) | 日記

2017年12月24日

湯島散策

 
冬晴れの休日に
のんびりと湯島散策。
 
まずは 
自家焙煎珈琲・みじんこ へ。
 
 
 
コーヒーは爽やかな酸味の
エチオピア/イルガチェフェ。
厚焼きホットケーキは噂どおりの美味。
 
 
 
湯島天満宮へも足を延ばす。
菅原道真公を祀る “文教の中心”。
 
 
 
久しぶりに引いたお神籤。
 
 
佳い新年が迎えられそうだ。
 
 
posted by 小澤和也 at 20:21| Comment(0) | 日記

2017年12月16日

あしべ歌い納め&忘年会

 
15日、合唱団あしべの年内歌い納め。
この一年もさまざまな歌を通してメンバーの皆さんと佳い時間を過ごすことができました。
 
 
 
 
そのことに心からの感謝を。
そして2018年もこの幸福が続きますように。
 
歌い納めの後は...
練習場近く、いつもお世話になっているレストランで忘年会♪
 
 
 
 
 
 
クロムツ、ホタテ、湯葉巻きの牛肉 etc.
とっても美味しくいただきました。
訳あってアルコール “お預け” だったのが残念...
 
あしべのみなさん、一年間お疲れさまでした。
来年も楽しく歌いましょう!
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 20:38| Comment(0) | 日記

2017年12月08日

立川椿姫、本格発進

 
立川市民オペラ “La Traviata”、
キャストによる音楽稽古がスタート。
(6日、RISURUホール)
 
この日はヴィオレッタ/鳥海仁子さんとジェルモン/清水勇磨さんが登場、第2幕の二重唱を中心に。
ここは哀しくも鬼気迫る場面だ。
ヴィオレッタの内に秘めた芯の強さをそのまま表したような、凛とした鳥海さんの歌唱。
確かな技術から発せられる清水さんの豊かな美声も印象的。
3月の公演が早くも楽しみだ。
(お二人はいずれも公演二日目 (3/18) のご出演です)
 
 
そして昨日は合唱団との久しぶりのプローべ。
立ち稽古が始まり、暗譜の完成に向けて浅くなりがちだった表情付けや言葉の捌きをじっくりと再確認する。
 
 
合唱団にとって、今がもっとも苦労の多い時期だろう。
暗譜をものにし、動作/所作の下地がついてくれば、そこから先は音楽と演技とが相乗的に作用しあって、表現がいっそう楽しくなると確信している。
 
 
§立川市民オペラ公演2018
§ヴェルディ『椿姫』 全3幕・原語上演
2017年3月17日(土) 18時開演/18日(日) 14時開演
たましんRISURUホール (立川市市民会館) 大ホール
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 08:17| Comment(0) | 日記

2017年12月01日

フルトヴェングラー没後63年に

 
11月30日はヴィルヘルム・フルトヴェングラーの命日。(1954年没)
ほぼ毎年、思い付きでディスクを手に取り、のんびりと聴きながら巨匠の音楽づくりや人となりに思いを馳せている。
今回選んだのはハイドン。
 
§交響曲第94番ト長調
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1951年1月、ムジークフェラインザールでのセッション録音
 
第1楽章の序奏、木管群の古雅な音色とそれに応答する弦楽器のやわらかな響きが美しい。
主部 (Vivace assai) に入ってからも音楽は落ち着きはらった朗らかさをもって自然に流れてゆく...同時代の作曲家であるモーツァルトへのアプローチとはかなり異なるところが興味深い。
かといってフルトヴェングラーが何もしていないわけではなく、スコアにないスラーをそっと付けたり、主旋律のアウフタクトにわずかなテヌートをかけるなど、さりげない工夫がそこここに施されている。
 
『驚愕』のニックネームの由来となった第2楽章、ここでもフルトヴェングラーはAndanteを遅めにとり (この解釈はやや “時代” を感じさせるが)、メロディをじっくりと歌わせるのだ。
16小節目の例の一撃も、インパクトを効かせるというよりはどっしりとした音の柱のよう。
楽章半ば、音楽がハ短調に転じドラマティックに展開する部分では遅めのテンポが功を奏し、主題モティーフと三十二分音符の走句との絡み合いが克明に描かれる。
 
後半二楽章も同様に明快かつ清澄な音楽が繰り広げられる。
ハイドン特有のユーモアや意外性はここにはないが、端正なプロポーションの彫像を観るような愉しみがある。
 
この録音、当然ながらいわゆる「旧全集」の時代のものであり (いわゆるランドン版が世に出るのは1960年代である)、現在の我々が耳にするクリティカルエディションとは強弱やアーティキュレーションが多くの部分で異なっているが、そのことを差し引いてもフルトヴェングラーの演奏は、音楽する歓びにあふれた説得力の強いものである。
“セッション録音のフルトヴェングラー” も実に佳いものだ。
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 18:22| Comment(0) | 日記

2017年11月28日

バチカンに響いた『花は咲く』

 
NHKテレビで放送された「バチカンに響く花は咲く」を視聴。
この10月にバチカン・日本の国交75周年を祝う記念ミサが執り行われ、その中で『花は咲く』が歌われたのだそうだ。
 
僕自身このメロディを聴くたびに (あるいは想像するだけでも)、“あのとき” のさまざまな記憶が呼び起こされる。
そして常に “忘れまじ” という堅い決心と遣り場のない哀しみとがないまぜになった、どうしようもなく切ない気持ちでいっぱいになるのだ。
 
 
ビカリアート聖歌隊の歌声が流れ出す。
サン・ピエトロ大聖堂の豊かな残響、その中で
ゆったりととられたテンポ。
まさに「祈りの音楽」だ。
コーラスに寄り添うオルガンも、心のざわめきをすべて取り去ってくれるかのような清らかな響き。
テキストはオリジナルの日本語。
おそらくは
“Ma-scilona, juchimici-ni,
  Halukase, kaolu...” etc.
のようにルビが振られていたに違いない。
とはいえ発音はイタリア語式であるから、人→いと、励ましてる→あげましてる、そして何といっても花→あな になってしまうのは致し方ないところだろう。
 
このように、僕らのよく知るそれとはいささか趣を異にする『花は咲く』ではあったが、僕の心は静かに、しかし深く揺さぶられた。
声そのものの持つ “力“ を聴いた気がする。
 
 
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | 日記

2017年11月19日

ベルギー大使館オープンデー

 
ベルギー大使館オープンデーへ出かけました。
(18日、千代田区・駐日ベルギー王国大使館)
 
エントランス。
インパクトのあるManneken Pisがお出迎え。
 
 
 
フィリップ国王のパネルと白/日両国の国旗。
 
 
 
特命全権大使、G.スレーワーゲン閣下のスピーチを謹聴。
 
 
来場者からの質問に答える外交官の皆さん。
「日本へは希望されて赴任なさったのですか?」
『はい、私は第一希望でした』
「日本の食べ物で好きなものは何ですか」
『かぼちゃです』(この方はベジタリアンとのこと)
etc.
質問はフランス語に訳され、それに対するお答えが英語...うーむ、さすがは "ヨーロッパの首都"!
 
 
スレーワーゲン大使とのじゃんけん大会。
勝利者にはタンタンのノベルティグッズが贈られていた様子。
(僕は第一回戦で早々に敗退でした)
 
最後は別室にてベルギーワッフルやチョコレートをいただきました。
 
 
 
 
"すごく目新しいこと" は特になかったけれど、ゆったりとした雰囲気の楽しい催しでした。
 
あ、そういえば。
 
 
大使館職員の方にこんな写真を撮っていただきました。(*^o^*)
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 15:44| Comment(0) | 日記

2017年10月26日

ヨハン・シュトラウスの誕生日に

 
 
 
10月25日はワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の誕生日。
(1825〜1899.06.03.)
 
生まれてはじめての作曲は6歳のときとのこと。
その後、18歳で自身の楽団を立ち上げデビューを果たしてから亡くなるまでの半世紀あまりの間に、彼はおよそ500のワルツやポルカ、オペレッタや行進曲を書いた。
 
僕はそれらのうちの何曲くらい聴いただろう。
一度きりのものを含めて数えても...100曲程度だろうか。
 
幼い頃、家にボスコフスキーの指揮によるウィンナ・ワルツのレコードがあったことをよく覚えている。
特製の青い樹脂ケースに収められた2枚組のLP、ジャケット表にはヴァイオリンを構えるボスコフスキーの姿。
ネット上を探すと、それらしき画像が出てきた...懐かしい。
 
 
 
ここで仮に、好きなシュトラウスのワルツを一つだけ挙げよと言われたとしたら、僕は迷わず『南国のばら』を選ぶ。
自作のオペレッタ「女王のレースのハンカチーフ」のモティーフを用いてワルツにし、このオペレッタを好んだイタリア国王ウンベルト1世に献呈した作品。
ワルツの各主題は気品を感じさせつつもどこか哀しげである。
序奏部からすでにロマンティックな和声進行に溢れており、和也少年はその最初のクライマックスが "鳥肌が立つほど" 大好きだった。
 
もし3曲まで選ぶことを許されるならば、加えて『皇帝円舞曲』『芸術家の生活』を採るだろう。
『皇帝〜』はいうまでもなく名曲中の名曲。
なんといっても管弦楽のサウンドが素晴らしい。
(ブラームスもこの曲のオーケストレーションを賞賛していたということを最近識った)
序奏部の堂々たる行進曲、上質なビロードの肌触りのような第1ワルツの冒頭、そして第3ワルツ後半、トランペット&トロンボーンによるテーマの高貴な美しさ!
これらすべてがハ長調で奏でられるのだ。
モーツァルト『ジュピター』、ヴァーグナー『マイスタージンガー前奏曲』と並べても引けを取らない "王者の風格" を湛えた響きだと思う。
 
上記の2曲が演奏会用の作品であるのに対し、『芸術家〜』は舞踏会用ワルツである。
『南国〜』『皇帝〜』ほどきらびやかではないが、音楽は豊かにそして真っ直ぐに流れてゆく。
この曲で僕が特に好きなのが、ヴァイオリンが文字どおり "弦をかき鳴らす" ように始まるコーダである。
コーダ部では通例、これまでの主題が回想され最後に第1ワルツが回帰するという流れになるのだが、ここでのシュトラウスの筆の冴えは実に見事である。
構造を大まかに記すならば
 
||: 第3ワルツ(前半) →第5(前半) :|| →第5(後半) →第2(後半) →第3(後半) →第4(後半) →第1ワルツ回帰
 
と、既出の素材のほとんどが巧みに用いられているのだ。
さらにはその調性も、
へ長調→ホ長調→変ホ長調→ニ短調→イ短調→ハ長調
まさに目眩く変化!
 
以下余談...
この曲の原題は "Künstlerleben"。
leben=英語のlife ということで、これまで長く『芸術家の生涯』と呼ばれることが多かったが、日本ヨハン・シュトラウス協会が『〜の生活』と表記を改めたのだそうだ。
 
さらに余談...
正直に告白すると、"好きなシュトラウスのワルツ" 第3位は『天体の音楽』なのだ。
ただしご存じのとおりこれは弟ヨーゼフの作品である。
よってここでは敢えて選外とした。
 
 
こちらは現在の愛聴盤。
(やっぱりボスコフスキー)
 
以前にも書いた記憶があるが、シュトラウスの音楽は僕にとって "母乳のような" ものなのである。
 
posted by 小澤和也 at 02:13| Comment(0) | 日記

2017年10月24日

会心の『落葉松』

 
 
 
 
第39回 江戸川区合唱祭、
今年も合唱団あしべの皆さんと参加。
(22日、船堀タワーホール)
 
今回の曲目は
§ 故郷の廃家/W.S.ヘイズ
§ 誰かがちいさなベルをおす/木下牧子
§ 落葉松/小林秀雄
 
"故郷の廃家" は以前TVで美しい二重唱を聴いて以来、いつかあしべの皆さんと手掛けたいと思っていた歌である。
"誰かが〜" はピアノの平岡祐子先生から「こんな曲があるんです...いかがでしょう?」とアドバイスをいただき直感で選んだもの。
 
そして "落葉松"。
これまでにも折にふれて取り上げてきた、いわばあしべにとっての「十八番」だ。
少しずつ合唱団の人数が減ってゆく中でここ数年はチャンスがなかったのだが、作曲家ご自身の書き下ろしによる二部合唱版がリリース (2016年) されたのを知り、「よし、この機会だ!」とこれまた即断即決。
それだけにこの夏、小林先生の訃報をニュースで知った際には、驚きや悲しみとともに不思議な巡り合わせを感じたのだった...あのときの心の揺れ様はいまでも忘れられない。
 
ステージでの声出し、リハーサル室での最終確認と順調に進む。
 
合間にロビーで寛ぐメンバー。
 
 
そしてオンステージ。
 
 
 
作品への深い愛着。
この日まで充分に歌いこんできたという強い確信。
それらに加え、あたかも天から舞い降りて来た祝福に見守られているかの如くに集中力としなやかさとを併せ持った『落葉松』だった。
 
あしべの皆さん、素敵な歌声をありがとう。
これからも佳い歌を楽しくうたっていきましょう。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:38| Comment(0) | 日記