2017年06月16日

ホールでのプローベ

 
農工グリーとのプローベ。
きょうは当日の演奏会場である小金井宮地楽器ホールにて。
 
 
豊かな響きの素晴らしい空間だ。
 
 
本番のステージ衣装に着替える徹底ぶり。
これだけでも気分が "上がる"。
メンバーの歌声も想像以上に良い仕上がりだ。
 
演奏会まであと半月。
若きグリーメン達の音楽にご期待ください。
 
 
§ 東京農工大学グリークラブ 第37回演奏会
2017.7.2.(日) 14時開演
小金井 宮地楽器ホール 大ホール
全席自由 入場無料
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:14| Comment(0) | 日記

2017年06月04日

人生フルーツ

 
「人生フルーツ」を観る。
建築家・津幡修一さんと英子さんご夫妻の生活を綴ったドキュメンタリー。
 
佳い映画だった。
周囲の自然をも含め (修一さんはしばしば「風の通り道」という表現をされていた)、住空間が如何に大切なものであるか、そして結局のところ人間は自然に生かされているのだという当たり前のことを改めて思う。
 
仕事において、また自分の身のまわりの世話を自分でするという意味でも "生涯現役" であった修一さんの生きざまがとても羨ましい。
ただこれはおそらくご自身の努力だけではダメで、英子さんが側にいらしたからこそ叶ったのではないだろうか。
キッチンガーデンの世話をほぼお一人でなさり、数十種類もの作物を育て収穫する、もちろん料理もお上手、さらには刺繍や機織りまで...
「主人にはきちっとしたものを着せ、食べさせる」
英子さんのスーパーウーマンぶりにはただただ驚嘆するばかりだ。
 
微笑ましい場面もいくつか。
まず...お二人の食卓シーン。
土鍋で炊いたご飯、大好物の手作りコロッケを嬉しそうに口へ運ぶ修一さん。
一方、向かい側に座る英子さんの食事はこれまた手作りのジャムをたっぷりと塗ったトーストだ。
こんなに仲良しなご夫婦だけれど、ちゃんとそれぞれお好きなものを召し上がっている映像に思わず吹き出しそうになってしまった。
(英子さんの唯一苦手な食材がジャガイモなのだそう)
 
もうひとつ。
「シルバニアファミリーのおうちがほしいの」というお孫さんのためにおじいちゃんが作ったのが、木&布製の巨大なドールハウス。
屋根を外すとそこに現れたのは実に精巧な内装と家具調度品...
その道のプロによる "本気の遊び" の世界にただただ驚嘆。
 
 
風が吹けば、枯葉が落ちる。
枯葉が落ちれば、土が肥える。
土が肥えれば、果実が実る。
こつこつ、ゆっくり。
人生、フルーツ。
 
 
時間と労力を惜しまず、ほんとうに良いものと触れ合い、美しい人生をともに歩まれたお二人。
「生きるうえでの "真の豊かさ" とは何か」ということを深く考えさせられる作品であった。
 
 
posted by 小澤和也 at 01:32| Comment(0) | 日記

2017年05月27日

人形語り

 
 
「せいこミニ個展 人形語り」を観る。
(ぼらん・どぉる@上板橋)
 
学生時代からの友人 (合唱団仲間) である人形作家、せいこさんの "お子さん" たち。
僕は創作人形について何の知識も鑑賞眼も持ち合わせていないけれど、ごくシンプルに "かたちがあって" "美しい" もの、という視点でじっくりと拝見する。
 
(これ...なんとなくいいかも...) と直感したいくつかの作品。
 
"Die Vorleserin"
 
Vorleserinとは朗読者のこと。
本棚に住んでいるのだそう。
 
 
 
"water lily"
 
写真では分かりづらいが
オッドアイがチャームポイント。
 
「のすたるじあ」
 
Cool beauty...
 
 
折しも在廊されていたせいこさん、そしてギャラリーのご主人と楽しくおしゃべり。
幻想的な物語の世界に触れることのできる、ゆったりとした時間でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:36| Comment(0) | 日記

2017年05月22日

備忘録 /ノットのブルックナー

 
ジョナサン・ノットの指揮するブルックナー/第5交響曲を聴く。
(東京交響楽団・川崎定期演奏会 第60回
21日@ミューザ川崎)
 
第1楽章は想像していたよりもやや遅めのテンポ。
一点一画をも疎かにしない、意志の力をひしひしと感じさせる演奏。
3つの主題それぞれの性格がしっかりと描き分けられ、楽曲のテクスチュアが手に取るようにわかる。
また、しばしば現れるゲネラルパウゼを端折ることなく、拍どおりに間をしっかりと取って次段へと運んでゆくノットの構成感覚に好感。
 
続く第2楽章、その冒頭は弦のピツィカートによる6/4拍子的な音形の上でオーボエが4/4拍子の旋律を奏でるという複雑なリズムパターン。
(総譜に記された拍子記号は2/2である...なんと無頓着なブルックナーのスコアリング!)
指揮者によって振り方が様々に異なるこの部分 (朝比奈御大はとある対談で「ここはずっと6つで」と仰っている) を、ノットは4拍子で振る。
その結果ピツィカート音形は粘りと重さを帯び、じっくりと歩を進める音楽に。
 
第3楽章は一転して颯爽と流れるスケルツォ。
始まってすぐに現れる "Bedeutend Langsamer"(かなり遅く) の部分でもノットはさほどテンポを緩めない。
(個人的にはこの箇所、レントラー舞曲風にゆったりと踊りたいところであるが...)
 
そして最終楽章。
ノットのアプローチは第1楽章と同様、オーケストラを締め上げるようにしてすべてのモティーフを慎重に形にしてゆく。
Coda (練習記号Z)、あるいはその先の583小節 (いわゆる改訂版でバンダが追加される箇所) でテンポを落とす演奏が多いなか、逆にギアを上げ一気呵成に駆け抜けたノットの解釈に新鮮な驚きを覚える。
 
佳いブルックナーを味わうことができた。
至福の時間であった。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | 日記

2017年05月12日

中世の響きを味わう

 
 
第13回 小金井音楽談話室
騎士と貴婦人
〜中世イタリアとフランスの宮廷舞曲
を聴く。
(10日、宮地楽器ホール 小ホール)
 
クラヴィシンバルム、中世ゴシックハープ、オルガネット etc.
これらはすべて楽器の名称。
中世音楽にはまったく明るくない僕にとっては (何が聴けるんだろう...?) といった不思議な、そして新鮮な気分で出かけたコンサートである。
 
演奏は古楽のスペシャリスト、西山まりえさんとコリーナ・マルティさん。
開演前のステージに置かれていた楽器たちにまず惹かれる。
 
 
上:ゴシック・ハープ (メムリンク)
下:ゴシック・ハープ (ボッシュ)
 
 
どちらも中世の絵画に描かれていた楽器の姿をもとに復元されたものだそう。
(メムリンク、ボッシュはそれらの画家の名前)
 
 
上:クラヴィシンバルム および
下:その鍵盤部分
 
 
14c末〜15c前半の文献資料により復元された、"チェンバロの祖先" に当たる楽器。
(それまでは16cイタリアのものが最古のチェンバロと言われていたとのこと)
 
 
オルガネット。
ポルタティフ (可搬型)・オルガンで、膝の上に乗せ左腕で "ふいご" を操作しながら右手で鍵盤状のボタンを押すというもの。
 
これらの楽器 (他にリコーダーも) を用い、デュエットで、時に独奏で往時の雅な宮廷舞曲や歌曲の器楽編曲作品が次々と奏でられてゆく。
楽曲はロンドンやファエンツァなどヨーロッパ各地の図書館に所蔵される13〜15cの写本に収められたもの。
楽譜の読み解きにもさぞ途方もない苦労があったことであろう。
 
なんといっても各楽器の音色の美しさに心を奪われた。
聴きながら、あたかも中世にタイムトリップし、その時代の楽士たちの息遣いを間近で味わっているような気分に。
 
終演後、いても立ってもいられず (大げさだがこのときはほんとうにそんな心境だった) ロビーでCDを購入。
(こんなことは滅多にないのだけれど)
 
 
《中世の四季/西山まりえ コリーナ・マルティ》
Oasis Music Factory KCD-2056
 
この日会場で味わった聴体験をずっと思い出させてくれそうな、美しい演奏と録音である。
(一般にはこれからリリースされるそうだ)
 
このような素敵なコンサートを企画され、ご案内くださった小金井音楽談話室ディレクターの足立優司さん...今回もありがとうございました。
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 08:11| Comment(0) | 日記

2017年05月07日

専修大学フィルと

 
専修大学フィルの春合宿@岩井海岸 へ。
 
 
この駅に降り立つのはちょうど一年ぶり。
跨線橋からの眺望が懐かしい。
 
 
 
今回のお宿は、以前にたびたび横浜の吹奏楽団ホルツ・ブラス・カペーレとともにお世話になった大謙館さん。
 
 
曲目はスッペ/軽騎兵序曲、マスネ/絵のような風景、そしてベートーヴェンの第5交響曲。
 
 
他の作曲家の作品が簡単、というわけではもちろんないけれど、やはりベートーヴェンの演奏に求められる深い思慮と集中力は別格だ。
奏者ひとりひとりが正しくしかも美しい音を究め続けなければならない。
細かいパッセージやフレーズを取り出し、じっくりと時間をかけてそのことをメンバーに伝える。
この先の進化に期待。
 
専フィルのみなさん、お疲れさまでした。
また会いましょう!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:58| Comment(0) | 日記

2017年04月12日

宮沢賢治の芸術論

 
NHKテレビの「100分de名著」、宮沢賢治スペシャルを観る。
その最終回で紹介された『農民芸術概論綱要』の中の文章がにわかに僕の心をとらえた。
 
1926年春、29歳の賢治はそれまで就いていた教員の職を辞し自給自足の生活をスタートさせ、同年夏に私塾を開く。(羅須地人協会)
そこでは地元農民を対象にした自然科学や語学の講義とともに、レコードコンサートや童話の読み聞かせなども催されたのだとか。
 
賢治は上記の他、自らが提唱する「農民芸術」というものについても講義を行った。
そのテキストとして書かれたのが『農民芸術概論綱要』なのだ。
 
「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい」
という書き出しからも分かるように、この綱要は当時の地元農民を主語とした内容である。
しかしながらこれは、現代のすべての人々にもピタリと当てはまるものなのではないか、と改めて思うのである。
 
この機会に全文を読んだ。
以下、番組で紹介されなかった部分も含め、はたと膝を打った箇所を自由に引用してみよう。
 
 
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」
「われらは世界のまことの幸福を索ねよう  求道すでに道である」
("序論" より)
 
求道すでに道である...
これにまずグッと来た。
 
 
「曾てわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が  生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した」
("農民芸術の興隆" より)
 
現代にもそのまま当てはまるであろう厳しい指摘。
先人たちの時代においては生活と宗教、芸術、科学が一体のものであった、と。
 
 
「いまやわれらは新たに正しき道を行き  われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある」
(同前)
 
 
「芸術のための芸術は少年期に現はれ青年期後に潜在する
人生のための芸術は青年期にあり  成年以後に潜在する
芸術としての人生は老年期中に完成する」
("農民芸術の(諸)主義" より)
 
難解だが含蓄に富む。
 
 
「強く正しく生活せよ  苦難を避けず直進せよ」
「なべての悩みをたきぎと燃やし  なべての心を心とせよ
風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」
("農民芸術の制作" より)
 
対象は自然の中にある、ということか。
 
 
「われらの前途は輝きながら嶮峻である
嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成である」
("結論" より)
 
永久の未完成これ完成である...
これも名言だ。
求道すでに道である、の一文とともにひとつの大きな円環をなしているように思われる。
 
 
誰のための、何のための芸術であるか/あるべきか?
音楽に携わる者として、折にふれ考え続けていきたい言葉たちだ。
 
番組中でもうひとつ、『マリヴロンと少女』という短編が取り上げられていた。
こちらもなかなか面白い...
機会があったらこれについても触れてみよう。
 
 
(追記)
先に引用した
「世界がぜんたい幸福に〜」のくだり、どこかで見たことがある文章だなあ、とキーボードを打ちながらしばし考えて...
 
思い出した。
 
 
石巻市立大川小学校の跡地にて。
(2013年11月撮影)
校舎、もしくは施設の壁面に描かれたものだろうか。
(平成13年度卒業制作とある)
 
これを見たときのことは...言葉にならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:36| Comment(0) | 日記

2017年03月22日

ご来場御礼

 
 
立川市民オペラ公演2017『カルメン』、二日間にわたる公演が無事終了しました。
おかげさまでチケットは両日とも完売、たくさんのお客さまにお楽しみいただくことができました。
 
 
≪カルメン≫の魅力 〜合唱曲で綴るミニコンサート〜リハーサル風景
2016.12.15.@RISURU小ホール
指揮/小澤和也
 
 
昨年春からの譜読みと仏語ディクションのレッスン、そして秋より演出:直井研二先生および演出助手:原純さんのご指導のもとでの立ち稽古と、合唱団は絶え間なく研鑽を積んできました。
その甲斐あって、今回は一段と素晴らしい出来映えでした。
(手前味噌ですが...)
 
ある日の立ち稽古より
カルメン:増田弥生さん、エスカミーリョ:大川博さん
 
マエストロ、キャスト、そして音楽スタッフ
 
 
素晴らしいソリストの皆さん、合唱パートを支えるだけでなくしばしばソロパートも歌い、稽古を円滑に進める手助けをしてくださったコーラスサポートのメンバー、さらには舞台・衣裳他スタッフの方々...
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 
本番中はこのような出で立ちで、映写室 (通称:金魚鉢) と楽屋、オーケストラピットなどの間を駆け回っておりました。
 
 
直井先生の演出は、実に登場人物たちへの愛にあふれるものでした。
なかでも第1幕、
《ミカエラ&ドン・ホセの二重唱、ホセが遠い故郷に暮らす母親からの手紙をミカエラより渡される場面。
〜二人の短いやり取りのあと、ミカエラが舞台中央で彼の母親の様子を歌う。
〜その間に、ホセは手紙と一緒に受け取った小遣い (財布) をそっとミカエラの手提げ籠の中へ戻す...》
僕はこのシーンがたまらなく大好きでした。
 
そして公演終了後のレセプション席上、直井先生がお母様との思い出をちらりと話されたのです。
(ああ...あの場面はご自身の心境そのものだったのか...)
ふたたび胸が熱くなりました。
 
 
立川市民オペラの次回公演は来春、ふたたび直井先生の演出でヴェルディ『椿姫』をお送りします。
どうぞご期待ください!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:59| Comment(0) | 日記

2017年03月16日

歌う「魔王」、語る「魔王」

 
 
"ドイツリートで歌う   義太夫で語る「魔王」"
を聴く。
(15日、渋谷にて)
 
出演は河野克典さん、豊竹英太夫さん他。
ステージにはグランドピアノと緋色の演台が並ぶ。
滅多に見られない組み合わせ。
 
 
前半はまず、河野さんの独唱による日本歌曲のアンソロジーから。
あたかも字幕を見ているかのように、言葉のひとつひとつががクリアに耳に届く美しい歌唱。
なかでも、今回初めて聴いた『鴉』(信時潔/清水重道)、『つくだ煮の小魚』(中田喜直/井伏鱒二) の2曲が楽しめた。
 
続いて豊竹英太夫さんによる浄瑠璃『艶容女舞衣 (あですがたおんなまいぎぬ)』〜酒屋の段のサワリが語られる。
義太夫節を生で体験するのはほとんど初めてだったのだが、僕が勝手に抱いていたイメージとは異なり、力強さと繊細さとを兼ね備えた語りであった。
 
 
いよいよプログラム後半。
この日のメインである2つの『魔王』の歌い比べだ。
はじめに河野さんの歌うシューベルト。
声の色、顔の表情を駆使して四役 (語り手・父親・息子・魔王) を描き分ける圧巻の演奏...ライヴだからこそ味わえる醍醐味。
 
続いて、ゲーテの原詩を河野さんが訳したものをベースとして英太夫さんが編作されたという『義太夫版・魔王』。
...これはほんとうに聴いてよかった!
 
「父上 聞こえませぬか
  鬼がすぐそこに」
「あれは 樹木のざわめき
  木立の囀り 案ずることはない」
「かわいい子よ 一緒にくるのだ
  麗しい娘やともたちが大勢で待っている」
  etc.
 
歌唱とは異なり純粋に「語りの芸術」である義太夫では、声色の使い分けにおいて制約が圧倒的に少ない。
シンプルに、そしてときに打楽器的なインパクトをもって語りを支える太棹 (三味線) の存在感も絶大。
ひとつの試みとして実に素晴らしい「魔王」。
 
新鮮な驚きと感動の余韻の残るなか、河野さんがふたたび登場。
最後にシューベルト、シューマン、ヴォルフによる珠玉のリートを聴かせてくださった。
 
 
歌うということ、そして語るということについて考え、味わうことのできたゴージャスなひとときであった。
 
 
posted by 小澤和也 at 01:06| Comment(0) | 日記

2017年03月12日

夕暮れの鎌倉

 
湘南アマデウス合奏団とのプローべへ。
「エロイカ・シンフォニー」とじっくり向き合う。
 
ふだんは市の中心に近いところで練習するのだが、今日の稽古場はいつもより海岸寄りだったので、ふと思い立って遠回りして帰ることに。
 
 
鵠沼駅から江ノ電に乗る。
高校生の頃以来か...
懐かしさを通り越して新鮮。
 
 
二の鳥居と段葛。
今日は日中、鶴岡八幡宮で東日本大震災追悼・復興祈願祭が執り行われていた。
時すでに夕暮れ、せめてその余韻だけでも味わおうと思い、舞殿まで来てみると...
 
 
周囲には篝火が焚かれ、幻想的な光景が。
そこは一日に一組のみ、日の入りの時刻に行われる結婚式の舞台となっていた。
(『幸あかり挙式』 というのだそうだ)
 
この日を選ばれたご夫妻に幸多かれ。
 
 
帰宅して、先日頂戴した特別祈願ローソクを灯し、改めて6年前を思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 00:00| Comment(0) | 日記