![]() 洗足学園音楽大学ファンファーレオルケスト 第35回定期演奏会 (11月17日、洗足学園 前田ホール) を聴く。 ファンファーレオルケスト (以下FO)、呼び名だけは知っていたものの、実際の演奏に触れるのは今回が初めて。 ブリティッシュスタイルのブラスバンドに近いのだろうと勝手に想像していたのだが、いざ聴いてみて驚いた。 (サキソフォンが加わるだけでこれほどにしなやかな響きになるのか...!) 指揮がJ. ヴァンデルロースト、そしてメインプログラムが氏の自作やP. スパークの最新作ということで、それだけでも魅力たっぷりなコンサート。 だが僕にとってのこの日いちばんの “お目当て” はペーテル・ブノワの『幻想序曲』であった。 (ブノワがFOのために曲を書いていたとは不覚にも知らなかった) 《Peter Benoit: Ouverture fantastique》 1856年、ブノワ21-22歳の頃の作品。 カラビニエリの楽隊のために書かれた。 (管楽器奏者であった弟エドモントの入隊に際しての便宜への返礼に、ということらしい) ゆったりとした序奏を伴った典型的なソナタ形式。 ウェーバーやメンデルスゾーンなどの初期ロマン派のスタイルを思わせる。 序奏〜主部とヘ短調を軸に進み、最後にヘ長調に転じて大団円...という流れはベートーヴェン『エグモント序曲』と同じ。 アドルフ・サックスによるサキソフォンの発明が1840年代 (特許取得が1846年)、その後FOがベルギーやオランダで普及していったのが19世紀後半以降であるから、ブノワの『幻想序曲』はこのジャンルにおける最初期の作品のひとつということになるだろう。 プログラム前半では管弦楽曲のいわゆる「編曲モノ」(オッフェンバック&サンサーンス) も演奏されたが、この手のナンバーは演奏以上に「アレンジ」が上手くないと聴いていて楽しめないな、というのが正直な感想。 後半のオリジナル作品はどれも素晴らしかった... 中でも『ノッキング・アット・ヘヴンズ・ゲート』、そしてアンコールで (2度も!) 演奏された『モンタナ』。 コンサート全編を通してサックス (殊にソプラノ) の存在感が絶大だった。 一方で、フリューゲルホルンはどのように使われどう聞こえるべきなのかが最後までよく分からなかった...少なくとも僕の席からは。 〜などとついつい仕事人の耳で聴いてしまったけれど、終わってみればとても幸福なFO初体験であった。 |
2023年11月23日
ファンファーレオルケスト初体験
2023年10月12日
ブルックナーの命日に
10月11日はブルックナーの亡くなった日。
(1896年没)
何かCDを聴こうかとも思ったのだけれど、昨日の『ブロムシュテットさん来日見合わせ=N響とのブルックナー公演中止』の報が未だ胸に重くのしかかり、今ひとつ気分がのらない。
その代わりにこちらを聴くことにした。
NHK-FM
《大作曲家の時間 ブルックナー》
最終回
(Youtubeにアップされている音声)
番組前半
https://m.youtube.com/watch?v=O_yoRr9gEkQ
番組後半
https://m.youtube.com/watch?v=hrP5Hv9x7A8
全31回にわたってオンエアされたシリーズ最終回は第9交響曲の第3楽章を、土田英三郎氏の綿密な解説とともに聴くものであった。
(当時はこのような専門的・学術的な内容の番組がリスナーにおもねることなく放送されていたのだと思うと感慨深い)
前半ではアダージォの全編にわたる解説ののちシューリヒト&ウィーン・フィルの名録音が流され、後半は未完に終わった第4楽章のスケッチをこの放送のためのピアノ演奏 (pf: 草野裕子) を用いて紹介してゆくという実に貴重な記録︎
録音を聴きながら改めて調べてみると...
この《大作曲家の時間 ブルックナー》は1983年9月〜翌年3月の放送だったようだ。
土曜朝の番組だった記憶がある。
当時僕は高校生、毎週オーディオタイマーをセットして登校、帰宅してから貪るようにエアチェックを聴いていた。
この最終回も部分的にではあるがよく憶えている。
上述の第4楽章フィナーレスケッチのピアノ演奏があたかも「最後の審判」の場面のように僕の心をえぐったのだ。
第1楽章のそれ以上に激しく厳しい第1主題、少しも歌謡的でない第2主題、壮麗な呈示部結尾のコラール主題と順に聴き進みつつ、(ブルックナーがいかに巨大なフィナーレを構想していたか) に思いを馳せる。
さらに第1主題モティーフによるフーガの主題が紹介された後、コラール主題の再現が18小節にわたって鳴り響き...
演奏は突如停止。
「(これで) ブルックナーの楽譜は終わっています...これ以後はコーダを含めてまったく書かれていません」
(土田氏のナレーション)
ブルックナーの筆が止まった瞬間...
この部分を繰り返し聴いてはいつも泣きそうになっていたおかしな少年だったことをここに告白する。
あれから40年経った今でもいわゆる「第4楽章の補筆完成版」に一向に食指が動かないのは、この体験が原因かもしれないな、と思ったりもする。
そしてもし...
「愛する神」がブルックナーにこのフィナーレを書き上げるだけの時間をお与えになっていたら...
2023年10月05日
守るべきもの、そして「よき聴き手」であること

第22回 小金井音楽談話室
ヴィルタス・クヮルテット定期演奏会
を聴く。
(10月4日、宮地楽器ホール 小ホール)
前回公演 (メンデルスゾーン&ツェムリンスキー) が昨年11月であったと記憶しているのでほぼ一年ぶり。
このシリーズの素敵な点はまず何といっても “演奏者との距離感” である。
ヴィルタスの皆さんの息遣いや視線のやり取りがひしひしと伝わってくるのだ。
そしてもうひとつの魅力がこのコンサートのディレクターでご案内役を務められている足立優司さんの楽曲解説だ...そう感じているのは僕一人ではないはず。
この日のプログラムは
モーツァルト: ニ長調KV499
バーバー: ロ短調Op.11
ブラームス: イ短調Op.51-2
という幸福感あふれるもの。
いわゆる「ハイドン・セット」全6曲ばかりが注目されとかく影の薄い印象のあるこの四重奏曲だが、ヴィルタス・クヮルテットの演奏はしなやかさと力強さを併せもった実に見事なモーツァルト解釈であった。
続くバーバーはやはり中間楽章モルト・アダージォが白眉。
僕の愛聴ディスクであるクロノス・カルテットの演奏がついつい脳裏をよぎってしまった(コンサートのきき手として決して褒められた態度ではない) のだが、静謐感を前面に出したクロノスのアプローチに対し、この日の演奏はあたかも作曲当時のバーバーの心情にとことんまで共感し尽くしたような熱い音楽であった。
悲痛なクライマックスから突然の静寂を経たのちに回帰する主題、ここでは冒頭と異なりヴァイオリンに加えてヴィオラがユニゾンで加わるのだが、心もち強く奏されたその1オクターヴ下の、すべてを包み込むような深い響きに打たれた。
そしてブラームス。
交響曲と同様、「偉大過ぎた先人」のあとに何ができるのかという苦悩にも似た重圧とそれに対するブラームスの見事な解答をしっかりと音化した演奏を存分に堪能した。
さらには、全曲を通して ”すべてあるべき箇所にピタリと決まった“ 内声を聴かせてくださった2ndヴァイオリン・對馬佳祐さんに心からの “ブラーヴォ!” をお送りしたい。
帰途、電車の中でプログラムノートに改めて目を通す。
『〜いつの頃からかそれ [=音楽文化] は守り伝えていくものではなく ”消費“ される対象となり、かつて文化の最も洗練された姿のひとつであった芸術がその身にまとっていた輝き (アウラ) も、既に失われて久しい』
『音楽が美しく作曲され、演奏されたとしてもそこに聴き手がいなければ、音楽は「目的」を持ち得ない』
足立さんの紡ぐ言葉の数々に、この日の演奏に劣らぬほどの感銘を覚えたのだった。
(プログラムノートより引用させていただきました)
佳い時間でした。
ヴィルタス・クヮルテットの皆さん、足立さん、ありがとうございます。
2023年09月27日
“Hoogmis” ご来場御礼
PBIヴォーカルアンサンブル第1回演奏会 ペーテル・ブノワ『荘厳ミサ』 おかげさまをもちまして盛況のうちに終演いたしました。 (2023年9月23日 @ピアノスタジオフィックス立川) ご来聴くださいました皆さま、スタッフならびに後援を賜りました皆さま、そして本公演の開催にに関わってくださいましたすべての皆さまに厚く御礼申し上げます。 その他画像のリンクはこちら↓
posted by 小澤和也 at 22:41| Comment(0)
| 日記
2023年09月05日雑感・免許更新講習![]() 5年ぶりに運転免許更新講習を受けました。 最初に流される講習VTRをはじめて “全く退屈することなく” 観ることができたような気がします。 (数字のデータやグラフの羅列ばかりでは心に響きませんものね) ドライブレコーダーの普及によって「ホンモノの事故の瞬間」の画像が多く用いられていて驚きました。 話がいきなり脱線しますが... 今回観た教育映像、冒頭に 「製作/東映株式会社」 とあってびっくり! 画面が一瞬暗くなった後、 海...荒波...大きな岩...ザッパーン! ...そして ”東映“ のあのロゴマーク! (映画館やTVで観る東映映画と同じつくりなのか!) と二度目のびっくり。 実際にハンドルを握る機会が激減したからというのもありますが、今回はVTRを観ながら(運転って怖い...) と強く感じました。 自身の運転技能の衰えもさることながら、スマホながら見自転車、危機意識の希薄な高齢歩行者、さらにはいわゆる “あおり運転” 者(車)の増加など、周囲の状況が昔とはまるで変わったなぁ、と思ったわけです。 講師の方の話術の巧みさも印象に残りました。 終始とても腰が低く丁寧な語り口 (言葉遣いなどに難癖をつけるモンスター(?)受講者が少なくないのかしら...などとついつい邪推)、聴く側を飽きさせまいとするスムーズな進行、などなど。 講義の中心は万一 “あおり運転” に遭遇した際の対策 (ドアや窓を開けて応対しない、その場で警察へ連絡 etc.)、とそして自転車保険の重要性について。 あっという間でしたがためになる30分間でした。 再度脱線。 VTRのエンドロールに 「映像提供/東京農工大学」 のテロップが出てきて三たびびっくり! 『スマートモビリティ研究拠点』という組織が学内にあるのですね。 「映像記録型ドライブレコーダによるヒヤリハットデータベース」を持っているとのこと...なるほど。 posted by 小澤和也 at 22:24| Comment(0)
| 日記
2023年08月20日シャガールの版画展へ「マルク・シャガール 版にしるした光の詩」(世田谷美術館) を鑑賞しました。 シャガールとの出会いは遥か遠い学生時代。 ようやく普及してきたCDでラヴェルのバレエ音楽『ダフニスとクロエ』を好んで聴いていた時期がありました。 同じ頃にシャガールの同名のリトグラフを、そしてこれらの原作である古代ギリシャの恋愛物語の存在を知って夢中になった記憶も。 自分の五感に新しく響いてくるものすべてが美しかった “佳き時代” でした。 初期のエッチング『ラ・フォンテーヌ寓話集』、木版による『ポエム』、リトグラフ『サーカス』などさまざまな手法を用いた興味深い作品の数々をゆったりとした気分で味わいました。 (入場者数を時間で区切ってコントロールする「日時指定」の方式は素晴らしいアイディアだと思います) 『〜寓話集』だけはあともう少し明るい照明のもとで観たかったかも。 圧巻はやはり『ダフニスとクロエ』でした。 全42点を通しで体験するのは初めて。 なんという色彩! なんという幻想世界! 僕の中にある「官能のパレット」が掻き回され、調えられ、総取り替えされてゆくような不思議な感覚に誘われました。 会期は来週いっぱいですが、(もう一度観たい!) という衝動を抑えきれなくなりつつ今これを書いています。 posted by 小澤和也 at 09:22| Comment(0)
| 日記
2023年08月18日ペーテル・ブノワの誕生日に
|