2020年01月14日

成人の日雑感

 
 
成人式にはとりあえず出かけた。
式典に参加し、続くアトラクションの部 (芸能人が数名来ていたはずだが全く憶えていない) が始まったところで席を立ったのだった。
 
2000年にハッピーマンデーなる制度が生まれ、そのきまりのもとでは1月15日が祝日となることは決してないのだと知ったときはちょっと寂しかったな。
あれから20年。
僕の中では未だに「成人の日=1月15日」だ。
 
 
昨日のTwitter上で
『#二十歳の自分に言っても信じないこと』
というハッシュタグが盛り上がっていた。
当時のことを思い起こしつつ、僕も二十歳の自分に話しかけてみる。
 
〜自分の夢に気付かないふりをしたまま
ボヤーッと卒業してボヤーッと就職して
まずまず楽しい10年間が待ってるよ。
でもその後、
持っていたものはあらかたみんな手放してしまって...
残ったのは“夢”のかけら。
そしてその夢の中に
お前さんはいまも生きているよ〜
 
自分でもこうなるとは想像していなかった。
よくもまあ無茶をしたものだ。
でもせっかくここまできたのだから、行けるところまでこのまま走って行こうと思う。
 
 
新成人の皆さん、おめでとうございます。
皆さんの前途に幸多からんことを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 13:27| Comment(0) | 日記

2020年01月04日

新年のご挨拶

 
 
新年明けましておめでとうございます。
 
本年がみなさまにとって
素晴らしい一年となりますように。
 
 
“素直な心” と “微笑み” をもって
仕事に精進したいと思います。
 
本年も「音楽ノート」を
よろしくお願いいたします。
 
令和二年 正月
小澤和也
 
 
 
 
 
 
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posted by 小澤和也 at 21:59| Comment(0) | 日記

2019年12月06日

合唱団あしべ2019

 
 
合唱団あしべ、年内最後のレッスンへ。
まずは普段と同じく、軽いストレッチと発声練習から。
続いてこれまたいつも通りに新曲の音取り稽古を。
なかにしあやねさんの『立ち止って』、しなやかな旋律と繊細なハーモニーがとっても綺麗な曲。
譜読みはまだ始まったばかり...続きが楽しみだ。
 
そして最後の30分、
恒例の「年忘れ歌合戦(?)」を開催!
〜といっても、今年歌った曲を片っ端からブッツケ本番で通すだけなのだが、コレが意外と楽しい。
5月のイベントで披露した歌謡曲、秋の合唱祭で歌った『四季の雨』、毎年歌っている (でも練習はここ何年もしていない)『O Holy Night』、そしてあしべの愛唱歌『芭蕉布』などなど。
 
 
 
 
歌い終えた皆さんの笑顔、笑顔、笑顔...
これぞ音楽のもつ幸福な「力」。
 
 
 
 
 
あしべの皆さん、一年間お疲れさまでした。
来年も楽しく歌いましょう!
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 17:51| Comment(0) | 日記

2019年11月30日

フルトヴェングラーの命日に

 
 
きょう11月30日はフルトヴェングラーの命日。
亡くなったのは1954年であるから、没後65年ということになる。
僕がクラシックのレコードを本格的に聴き始めた頃、音楽雑誌やレコード店には「フルトヴェングラー  没後30年企画」なる言葉が躍っており、僕はその世界へさっそくのめり込んだのだった。
〜しかるに、僕はかれこれ35年も彼の音楽を飽きずに聴いているのか... Time flies.
 
 
第二次大戦後の演奏活動禁止処分が解けた1947年、この年にフルトヴェングラーが行ったセッション録音は次の6作品である。
(すべてSP録音)
 
§ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲/メニューヒン、ルツェルン祝祭管 (8/28,29)
§ヴァーグナー: ローエングリン第1幕前奏曲/ルツェルン祝祭管 (8/30)
§モーツァルト: グランパルティータ/ウィーンpo (11/10,19,26&12/3)
§ベートーヴェン: 交響曲第3番/ウィーンpo (11/10-17)
§ブラームス: 交響曲第1番/ウィーンpo (11/17-20,25)
§ベートーヴェン: コリオラン序曲/ウィーンpo (11/25)
 
これらの中でモーツァルト以外は複数の録音が遺されており、特に協奏曲、ローエングリンそしてエロイカは後年のより音質良好なレコーディングの陰に隠れてしまっているのが実情だ。
ことにエロイカは同じウィーンpoと行った有名な’52年録音の名盤のおかげで全く顧みられないといっても過言でないほど。
 
 
なぜ長々とこんなことを書いたかというとー
きょう久しぶりに手に取ったこの’47年エロイカ、録音のハンデを差し引けばとても充実した演奏に感じられたからだ。
第1楽章の出だしが慎重なのは彼のセッション録音ではよくあることである...これを「生気に欠ける」「フルトヴェングラーはライヴでないと“燃えない”から」と評する向きがあるようだが僕はそうは思わない。
呈示部終盤からは知と情のバランスが実に見事な音楽が展開されているし、第2楽章以降はSPの針音の向こう側から表現意欲に満ちた、うねるようなフルトヴェングラーのベートーヴェンが聞こえてくる。
 
それは (上手く言葉にできないが) ライヴでの羽目を外したような熱狂とも、晩年の枯れた味わいの中に時折見える青白い炎とも異なる「この時期のフルトヴェングラーの健全な充実」なのだと思う。
同じ頃に録音されたメニューヒンとのベートーヴェン協奏曲、またローエングリン前奏曲を聴くとその想いはさらに強くなる...フルトヴェングラーはルツェルンの音楽祭オーケストラから
このうえなく豊かな、力感としなやかさを兼ね備えたサウンドを引き出している。
 
この時期 (’47〜’50年頃) のフルトヴェングラーのセッション録音、(音質的には恵まれないけれど) 僕は大好きだ。
 
 
posted by 小澤和也 at 23:36| Comment(0) | 日記

2019年11月18日

ブロムシュテットxステンハンマルxブラームス

 
NHK交響楽団 
第1925回定期演奏会を聴く。
(16日、NHKホール)
 
§ステンハンマル: ピアノ協奏曲第2番ニ短調 Op.23
§ブラームス: 交響曲第3番ヘ長調 Op.90
 
10月初旬に飛び込んできたソリスト&曲目変更の報には正直なところやや面喰った。
巨匠の域に到達したピーター・ゼルキンのピアノはぜひとも聴いてみたかったし、演目も彼の父ルドルフの十八番であったマックス・レーガーであったから。
 
 
ヴィルヘルム・ステンハンマル (1871-1927) はスウェーデンの作曲家・ピアニスト・指揮者。
北欧における後期ロマン派に属する音楽家である。
【参考】
グリーグ (ノルウェー)...1843-1907
ニールセン (デンマーク)...1865-1931
シベリウス (フィンランド)...1865-1957
 
 
4つの楽章は切れ目なく演奏される。
第3楽章からフィナーレへと向かうattaccaはシューマンの第4交響曲を、ピアノの音の重ね方はブラームスの響きを連想させた。
また一方で金管の用法はシベリウス風な瞬間を、弦のうねるような幅広いユニゾンではラフマニノフの “華麗なる土臭さ” を感じた。
 
N響との初共演を果たしたマルティン・ステュルフェルトは繊細で美しい音色の持ち主。
ところどころ先走りしそうになる箇所もあったが、ブロムシュテットさんの厚いサポートに守られつつこの演奏機会に恵まれない作品に申し分なく光を当てていた。
アンコールでこの作曲家の小品を聴くことができたのもうれしかった。
(3つの幻想曲Op.11〜第3曲)
 
 
 
いよいよ...後半のブラームス。
「そのお齢からは想像できないような、推進力でぐいぐいと運んでゆく演奏」を勝手にイメージしていたのだが、その予測はみごとに覆された。
第1楽章冒頭より、一音一句をゆるがせにしない明確なフレージングおよびダイナミクスの処理。
「知」にしっかりと裏付けされた、心の奥底から湧き上がるアゴーギク。
そして思わず (これだ!) と膝を打ったのが「管と弦との絶妙な音量バランス」であった。
この曲でブロムシュテットさんは弦セクションに「意味なく大きな音」を決して求めていなかった気がする。
そこに現れたのは...
管楽器のすべての音の軌跡、ブラームスが書き遺した筆のあとであった。
この先すべての楽章を通して、fとff、pとppの違いがはっきりと描き分けられるのだ。
 
第2〜第3〜第4楽章がほぼ切れ間なく演奏されたのも印象的であった。
[これは2013年にN響とこの交響曲を演奏した際にも行われていたので新機軸というわけではないが]
第2楽章でのクラリネット&ファゴットの内面的な響き、第3楽章での素晴らしいホルンおよびオーボエのソロの音色が忘れられない。
ブロムシュテットさんのタクトは真実を語り、哀しさ、寂しさ、愛しさ、懐かしさetc....聴く者それぞれの心に普遍的に届く感情を「“美”をもって」表出していた。
 
フィナーレ最後の音が静かに消え (第3交響曲はすべての楽章が弱音で終わる)、訪れた長い静寂...そしてあたたかな拍手喝采。
ブロムシュテットさんがコンサートマスターへしきりに促すも、オーケストラは誰一人立ち上がらず聴衆と共にマエストロへ拍手を送り続ける。
これがいつ果てるともなく続く...と思いきや、ブロムシュテットさんが突然指揮台に上がりながら指で“3”の合図を。
第3楽章がアンコールされたのだ。
(定期公演ではまず行われないことではないかしら)
 
熱いものが頬を伝わるのをそのままに、僕はブロムシュテットさんの背中と右手をじっと見ていた。
このうえなく豊かな、音楽による心の対話の時間であった。
 
posted by 小澤和也 at 00:15| Comment(0) | 日記

2019年10月22日

合唱団あしべの皆さんと

 
第41回 江戸川区合唱祭に
合唱団あしべの皆さんと出演した。
(10月20日、船堀タワーホール 大ホール)
 
今年の曲目は
§ 四季の雨 (文部省唱歌)
§ はたおりむし (新実徳英)
§ いのちの記憶 (二階堂和美)
 
 
昨冬から歌い始めた「四季の雨」。
素朴な味わいの旋律、そして情感のこもった歌詞があしべの声にぴったりではないかしらとずっと思っていた曲である。
 
「(歌の中で) はたおりむしが弾いてた楽器、何だと思われますか?」
レッスン中にこう尋ねたことがあった。
メンバーの意見は「ヴァイオリン」でほぼ一致。
(もちろん僕も)
「ではここの “たーらっららー...” のくだり、ヴァイオリンの節回しみたいに歌ってみましょうか」
その日から歌が急に良くなった。
〜あの瞬間はほんとうにうれしかったなあ...
 
映画『かぐや姫の物語』のエンドロールで流れる「いのちの記憶」も、一聴して (あしべで歌ってみたい!) と直感した歌。
技術的には難しいポイントがいくつもあったが、メンバーの詞への想いの強さがそれらを充分補ってくれていたように思われる。
 
 
ステージを無事終えて、満面の笑顔。
 
あしべ指導陣の貴重な(?)3ショット!
ピアノ平岡祐子さん(左)、ヴォイストレーナー・ソプラノ坂野早苗さん(中央)
 
 
あしべのステージを聴いてくださった別の合唱団の先生からあたたかいお言葉を頂戴した。
打ち上げの席でそのことを伝えると、一斉に「うわぁ!」と歓びの声が上がったのだった。
こうした心の震えと交流が、今後のさらなる励みに繋がるのだろうと確信している。
同時に...
この数ヶ月の努力が報われた瞬間でもあった。
 
 
 
あしべの皆さん、ほんとうにお疲れさまでした、そしておめでとうございます!
次週からまた新しい曲で、楽しく歌いましょう。
posted by 小澤和也 at 19:36| Comment(0) | 日記

2019年10月08日

コーヒーを買いに

 
根を詰めてデスクに向かっていると時間の経過が早い。
気晴らしを兼ねて、コーヒーを買いに自転車で出かける。
 
 
いつも気さくなマイスターがメキシコ/クルスグランデを淹れてくださった。
ああ...美味しい...
 
 
これまでに何度か買い求め、家で飲んでいるメキシコだが、この風味がどうしても出ないのだ。
 
 
店内のBGMはこの日もバッハ。
お馴染みの旋律が時折流れるのだが、大半は初めて聴く曲だった。
「何をかけていらっしゃるんですか?」
と尋ねると、マイスターはにっこりと笑って
「これです」
 
 
『アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳』だった。
〜こんなにチャーミングな曲集だったのか〜
子供らの教育目的で、また家庭での愉しみのために書かれたものだそうだが、聴いていて実にゆったりとした気分になれる。
 
 
「どうぞ...皮ごとお召し上がりになれます」
マイスターが葡萄を出してくださった。
 
 
鮮やかな黄緑色!
さっそくひと粒頬張る。
甘くて、瑞々しくて、自然と顔がほころんでしまう。
品種名を伺ったのだが...忘れてしまった。
 
 
きょう買い求めたのは上のメキシコと、もう一つ「エチオピア/イルガチェフェ」。
念入りに焙煎され選別された粒ぞろいの豆たち。
マイスターのこだわりが感じられる。
 
 
 
コーヒーとバッハと葡萄と。
ささやかな幸せに溢れたひとときだった。
 
 
さてと...
これを書き終えたらメキシコを淹れるとしよう。
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 22:37| Comment(0) | 日記

2019年09月15日

Belgian Beer Weekend 2019

 
今年も行ってきました、
ベルギービールウィークエンド2019
@六本木ヒルズアリーナへ。
 
 
開場前のアリーナ。
 
 
4:00pm、
まだ客足もまばら。
 
 
定番のフリッツ&ソーセージとともに。
昼呑みの背徳感がたまらない。
 
この日頂いたのは
シメイホワイト、マレッツトリプル、セゾン1858、ルシファー、
そして締めにもう一杯シメイホワイト (*^o^*)
 
 
ベルギービール、万歳!
ごちそうさまでした。
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 23:49| Comment(2) | 日記

2019年09月04日

専修大学フィル夏合宿 in 河口湖

 
専フィルとの2年ぶりの夏合宿へ。
(9/3-4、河口湖)
 
今回も早めに新宿のバスターミナルへ向かい、ブルーボトルコーヒーにて “気合注入の儀”。
 
 
確かなスキルを持つ方がコーヒーをドリップする姿はいつ見てもほんとうに絵になるなあと思う。
 
 
この日はブレンドコーヒーをオーダー。
Three Africas”、想像以上にダイナミックな味わいだった。
舌の上に強烈な酸味、喉の奥にほのかな苦み、そして鼻腔いっぱいに広がる豊かな香り。
 
 
 
最後列の通路側は荷物も置きやすく、脇を人が通る気遣いも不要と知る...実に快適。
 
 
定刻に河口湖駅到着。
今回のお宿は初めてお世話になるところ。
照明が少し暗かったが、ほどよい残響のゆったりとしたスタジオだった。
 
休憩中の一コマ。
 
 
曲目は
ヴェルディ:「ナブッコ」序曲
ビゼー:「アルルの女」第2組曲
カリンニコフ: 交響曲第1番ト短調
 
どれも素晴らしい作品、じっくりと取り組むに値する名曲である。
これから専修フィルの皆さんとの豊かな時間が始まる。
とても楽しみだ。
 
 
食後。
居室でのリラックスタイム。
今回のお供はブラジル/オーロ・ヴェルデ。
 
 
皆さん、お疲れさまでした。
またキャンパスで会いましょう!
posted by 小澤和也 at 23:54| Comment(0) | 日記

2019年08月28日

ケルテス生誕90年

 
きょう8月28日は
イシュトヴァン・ケルテスの誕生日。
1929年生まれ (ドホナーニ、ハイティンクらと同年) であるから、今年で生誕90年ということに。
 
 
最近入手したCDをじっくりと聴くことにする。
 
 
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲ロ短調
ピエール・フルニエ独奏
スイス祝祭管弦楽団
(1967. 8.16. ルツェルン音楽祭ライヴ)
 
 
ケルテスはこの曲をセッション録音していないのでこれが初音源となる。
ドヴォルザークは言うまでもなく彼にとって得意のレパートリー。
第1楽章冒頭、独奏チェロが入ってくるまでの3分間余り、ケルテスの棒のもとでの管弦楽が実に雄弁だ。
ケルテスは特に何か変わったことをしているわけではないのだが、よく聴くと細かなアゴーギクを駆使しており、しかも楽節ごとのテンポの移行が実にスムーズなのである。
 
フルニエの弾くドヴォルザーク、僕はこれまでクーベリック(1954年)、およびセル(1962年)と共演したセッション録音を聴いているが、このライヴ盤では当然ながら一層闊達で熱のこもった演奏を繰り広げている。
そして、それに見事に寄り添っているケルテスの棒の巧みさ!
 
ケルテスはほんとうに “合わせ物”が上手い!!
 
 
CDケース内に収められている2ショット。
共演時のものとすればフルニエ61歳、ケルテスはもうすぐ38歳、ということになる。
 
 
「プラハ」「ジュピター」、ベートーヴェンの奇数番交響曲、シューマンの交響曲 etc.
ケルテスで聴いてみたい曲はまだまだたくさんある。
英BBC、あるいはイスラエルあたりに録音テープが眠っていないものかしら...(´-`*)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 22:58| Comment(0) | 日記