恩師である汐澤安彦先生が亡くなられました。
突然の報に驚きを禁じ得ず、哀惜の念に堪えません。
今の私が在るのは偏に先生の御蔭です。
何も知らずにこの世界へ飛び込もうとした私に、実践とともに「道そのもの」をご教示くださいました。
むしろ恩人とお呼びするべきかもしれません。
先生の許で学んだ四年間を決して忘れません。
衷心より御冥福をお祈り申し上げます。
汐澤先生、ありがとうございました。
小澤和也
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
![]() 新年あけましておめでとうございます。 みなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。 2025年の私のテーマは「絞る」。 インプットの範囲を熟考し絞りこんで、そのぶん“深さ”を究めたい。 (これまでの自分は「あれもこれも」と欲張りすぎていたと感じます) アウトプットにいっそう拘りたいと考えています。 自分がいま持っているものを絞り出したい、出し尽くしたいと強く念じています。 そしてあと一つ。 これは文字どおり...緩んだ身体を絞りたい! 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 令和7年元日 小澤和也 |
![]() 合唱団あしべのレッスンへ。 2024年の“歌い納め” でした。 まず、秋の合唱祭後から手がけている「濱千鳥」「手紙の二重唱」を普段どおり練習し、後半は年末恒例の「年忘れ歌合戦」を開催しました。 この一年におさらいした曲の中から選り抜いて、次々とぶっつけ本番で歌ってゆきます。 この日の曲目は ・浜辺の歌(成田為三) ・糸(中島みゆき) ・めぐりあひて(信時潔) ・ばら・きく・なずな(新実徳英) ・高鳴るしらべ(レハール) 以下固定枠 ・おお、聖夜よ(アダン) ・きょうのひととき(小山章三) の全7曲。 はじめの2曲は春の本番で歌って以来久しぶりだったので皆さん目を白黒。 それもまた楽し。 「めぐりあひて」はNHK大河ドラマにちなんだ選曲でした...和風の旋法に西洋の和声が施された不思議な作品でした。 「ばら・きく・なずな」は以前三部合唱で歌ったもの。今回は独唱歌曲版をベースに演奏しました。 年間を通して歌った「高鳴る調べ」はすっかりあしべの十八番になりました。 日々の暮らしのなかで、ともに集い、歌い、語り合い、そして笑う... あしべの皆さんとのひとときは 「芸術は人々に楽しさや感動、精神的な安らぎ、生きる喜びを与える」 ということを再確認させてくれる、私にとってもほんとうに貴重なものです。 この一年、佳い時間をありがとうございました。 来年も楽しく歌いましょう! |
東急田園都市線・市が尾駅前の「アルファード商店街」で開催されたクリスマスコンサートに出演しました。 弦五部(ヴァイオリンx2、ヴィオラ、チェロ&コントラバス)およびフルート、クラリネット、ホルンという特別編成の「アルファードオーケストラ」とともにクラシックの名曲やクリスマスソングをお届けしました。 半屋外(ビル一階にある商店街の廊下スペース)での開催にもかかわらず、多くのお客さまが足を止めてくださいました。 アンコールの「きよしこの夜」でみなさまが一緒に歌ってくださったのも嬉しかったです。 今回、急なお願いにもかかわらず出演を快諾してくださったコンサートミストレス・瀬尾鮎子さんはじめプレイヤーの皆さんにも心から感謝申し上げます。 |
![]() 11月30日はフルトヴェングラーの命日。 亡くなったのが1954(昭和29)年であるから没後70年になる。 私は10代の頃からフルトヴェングラーのレコードのファンであるが、ここ最近はもっぱら彼の(戦後の)セッション録音ばかり聴いている。 「フルトヴェングラーの芸術の真髄はライヴにこそある」「スタジオでのフルトヴェングラーは不完全燃焼」などと巷では言われているようだ。 私もその例にもれず、入門はいわゆる「バイロイトの第九」であり、戦時中の鬼気迫る実況録音盤の数々であった。 それらの演奏には確かに聴く者を否応なく彼の音楽世界へと引きずりこむような不思議な力がある。 では ─ 彼のセッション録音には音楽的な魅力がないのか? もちろん「No」である。 熱狂や閃きの代わりに、そこにあるのは緻密な思索の音楽だ。 そして現在の私はそれを聴くことにこのうえない喜びを覚えているのだ。 〜過去の投稿はこちら〜 音楽ノート/フルトヴェングラーの命日に(1947年のセッション録音) 2019.11.30. 記 音楽ノート/フルトヴェングラーのセッション録音 -1948年 - 2020.12.1. 記 引き続き、1949年のスタジオ録音を以下に挙げる。 すべてSP録音である。 §メンデルスゾーン: フィンガルの洞窟 (2/15) §ヴァーグナー: ジークフリート牧歌 (2/16,17) §ヴァーグナー: タンホイザー序曲 (2/17,22) §ヴァーグナー: 「神々の黄昏」より「ジークフリートのラインへの旅」 (2/23) §ヴァーグナー: さまよえるオランダ人序曲 (3/30,31) §ブラームス: ハイドン変奏曲 (3/30,4/2) §ヴァーグナー: ヴァルキューレの騎行 (3/31) §ベルリオーズ: ラコッツィ行進曲 (3/31) §モーツァルト: アイネ・クライネ・ナハトムジーク (4/1) §ヴァーグナー: マイスタージンガー第1幕前奏曲 (4/1,4) §ブラームス: ハンガリー舞曲第3,10&1番 (4/4) §ヴァーグナー: 「マイスタージンガー」より「徒弟たちの踊り」 (4/4) §ブラームス: ヴァイオリン協奏曲/メニューヒン、ルツェルン祝祭管(8/29-31) メニューヒンとのブラームスを除いてオーケストラはすべてウィーンpo、2月および3月下旬〜4月初旬に集中的に組まれたセッションにおける録音である。 この年は交響曲の録音がひとつもなく、半数以上がヴァーグナーというのが面白い。 フルトヴェングラーがそれを望んだのか、それともEMI(レコード会社)の意向だったのだろうか... また、上記ヴァーグナー7タイトルのうち「タンホイザー」と「ラインへの旅」はそれぞれ1952年、1954年に同じウィーンpoと再録音しており、録音が良いこともあって一般的にはそちらの方が知られている。 これらの中から今回じっくりと聴いたのはブラームスの2曲。 協奏曲は独奏者への評価が今ひとつというのもあり話題に上がることの少ない録音だが、フルトヴェングラーのタクトにぴったりと寄り添うルツェルン祝祭管の ときに厚く、ときに繊細な(第2楽章アダージォの美しさ!)響きからは、47年録音の第1交響曲や次に挙げるハイドン・ヴァリエーションとともにフルトヴェングラーの「ブラームス観」の一端を感じることができる。 ハイドン・ヴァリエーションはおそらくフルトヴェングラーの十八番だったのだろう、私の知る限り7種類の演奏がレコード化されている。 (うちセッション録音は2種類、残りの5つはすべてライヴ収録である) 冒頭の変奏曲主題(いわゆる「聖アントニー・コラール」)が鳴り始めたその瞬間から、ウィーン・フィル独特のオーボエの古雅な音色が私の心を捉えて離さない。 加えてこの独奏を支えるホルンやファゴットらのブレンドされた響きも実に味わい深い。 このほんの2分ほどの音楽を聴きながら、原曲 (伝ハイドン/ディヴェルティメントHob.ll:46) が管楽アンサンブル曲であったことが改めて強く思い起こされるのだ。 続く各変奏曲も、管弦のバランスのとれた明瞭な録音のおかげもあって、美しい画集を1ページずつ繰ってゆくような愉しみと歓びがある。 そして終曲へ...この壮麗なパッサカリアにおいていよいよフルトヴェングラーの熱いパッションが“過不足なく”発揮され大団円となる。 この年の他の録音のなかではヴァーグナー「ジークフリート牧歌」が個人的には大好きである。 紛れもなくヴァーグナーでありながら室内楽的な細やかさをもったその筆の運び、ウィーン・フィルの名人芸、そしてフルトヴェングラーの語り口、これらのすべてが完璧なバランスで音化されている... 『これぞ芸術である』と言わんばかりに。 |

![]() NHK交響楽団 第2020回定期演奏会を聴く。 (10月20日、NHKホール) プログラム前半はオネゲルの交響曲第3番「典礼風」。3つの楽章それぞれに『怒りの日』『深き淵より』『我らに平和を与えたまえ』というカトリックの典礼にちなんだ副題が置かれ、宗教的で強いメッセージ性を帯びた作品である。三管編成、多くの打楽器にピアノも加わった大オーケストラから生み出される響きは時に凄絶を極め、聴く者に不穏な感情を呼び起こす。 それでもこの作品は決して“描写音楽”ではないと個人的には思う。作曲家はこの曲に深遠なテーマを持たせているが、その表出手段のベースにあるのは“抽象の美”だと感じるからである。 そのことを私に確信させてくれたのがブロムシュテットさんの音楽づくりであった。楽想がどれだけ激しさを増しても、マエストロの音楽は美しさを微塵も損なわない。音量や音色、そして表情づけ...それらの全てがぎりぎりのところで均整を保っている。 N響の機動性は実に見事であった。弦楽器群のアンサンブルの確かさはもちろんのこと、管セクションの充実がこの高密度な演奏を生み出していたと思う。楽曲の輪郭線としてのソロ楽器の見事さはいうまでもないが、この日客席で強く感じたのは1st以外のいわゆる“内声パート”の存在感だ。オネゲルの書法がそれを求め、オーケストラは素晴らしい演奏でそれに応えたのだった。 後半はブラームスの交響曲第4番ホ短調、押しも押されもせぬ名曲だ。第1楽章冒頭はさりげなく、しかし万感の思いをこめて歌われる。しかしそれは情動的な揺らぎ、節回しというよりは覚醒した意識の中でコントロールされた微妙な(楽譜にない)ニュアンスの変化や楽器間バランスの出し入れから生まれる柔らかさとしなやかさだ。 その先も、マエストロは百戦錬磨のこのオーケストラに対して細部に一層の彫琢を施した精緻な表現をひたすら要求してゆく。その音楽は寂寥感を帯びてはいるが決して枯れてはいない。結果として、前回協演時(2013年)とも(これは当然として)、またゲヴァントハウス管との近年のレコーディング(2021年)とも異なった新しいアプローチが実践されている。 ブロムシュテットさんはどこまで進化を続けるのだろう! 第2楽章以降も、旋律は磨きぬかれ、複数楽器の音色のブレンドは限りなく美しく、楽段ごとのテンポの移行も鮮やかである。 ブラームスがこの交響曲にこめた憧憬、諦念、諧謔、古典美への回帰...マエストロはこれらを“抽象の美”の語彙でもって完全な形で描き切った。 ずっと口には出さなかったこと。 2022年に同じNHKホールでマーラーを聴き ─この年にブロムシュテットさんは大怪我をされ、以来腰掛けての指揮を余儀なくされた─ 、さらに翌2023年の来日が体調不良によりキャンセルになったとき、 (ああ、これでもう聴けないのかも...) と思ったのだった。 この危惧は今回良い方に外れ、私たちは再びブロムシュテットさんの音楽に触れることができた。 このうえなく幸せな時間であった。 ブロムシュテットさん、 これからも、どうぞお元気で。 |
--> ↑書き取ったイタリア語(本文参照) --> (おお、これは...!) 新開講のNHK Eテレ・イタリア語講座「しあわせ気分のイタリア語」を観た。 10月はEテレ語学講座の“新学期”だ。 イタリア語講座の第1回放送は毎度チェックしているのだが、たいていは Buon giorno! (こんにちは) Grazie! (ありがとう) Buono! (おいしい) などから始まり、ゆったりと進んでゆく。 初学者を対象とするならば当然だ。 ただ私にはこのペースがもどかしく、視聴が続かないということが常であった。 1a puntata(第1回)を録画で見て驚いた。 ナビゲーターの川尻アンジェロさん(モデル/俳優)を筆頭に主な出演者がネイティヴの方々ばかりなのだ。 キアラ・ジュンティーニさん(食品バイヤー) クラウディオ・クオモさん(アーティスト) シルヴィア・サッケッティさん(モデル) キーフレーズの解説は講師(張あさ子先生)が日本語でなさるのだが、4人の会話はすべてイタリア語である。 そしてそこに日/伊双方の字幕がつくのだ。 (これは勉強になる!) 字幕のイタリア語を少しずつ「書き取って語彙を増やし」、「文法を咀嚼」しながら「耳を鍛える」。 私がやりたかった学習法そのものだ。 しかもそれらが学習のためにこしらえた例文ではなく、beh, dai!, Eh,…といった間投詞も含めた生きた言葉のやり取りなのがうれしい。 (敢えて訳せば 「そうですね、」「それいけ!」「えーっと...」だろうか) この半年間の新たな目標がひとつ増えた。 〜とここに宣言して自ら退路を断つことにする。 |
10〜20代の頃は熱心な「レコ芸」ファンでした。 初めて本誌を手に取ったのは中二の秋。(表紙が厳しい面持ちの巨匠カール・ベームだった) クラシックを聴き始めたばかりの“ブラバン少年K”には著名アーティストの居並ぶ新譜月評が、さらには往年の名演奏家の歴史的遺産を回顧する特集記事の数々が ”古典に触れそこから学ぶ“ うえでの良き指針となりました。 某有名評論家氏からの影響で「ベートーヴェンの交響曲はやっぱり奇数番がフルトヴェングラー、偶数番がワルターだよね」などと当時から生意気な口を叩いておりました。 そののち、音楽を “我が道” と定めたことをきっかけに「レコ芸」購読を敢えて封印しました...一つの ”けじめ“ だと当時の私は考えたのだと思います。 あれからさらに四半世紀が経ちました。昨年の「レコ芸」誌休刊の報は(薄々予感していたこととはいえ)やはりショックでした。久しく離れてはいましたが紛れもなくかつての自分の ”居場所“ のようなものでしたから。 そこへ立ち上がったクラウドファンディングの話題!微力ながら私も参加しました。 そしてきょう、この日。 デジタル端末の操作も覚束なく配信での音楽を未だ聴いたこともない私ですが、“ついて行ける” 範囲で永く愛読者でいようと思います。 「レコ芸ONLINE」のますますのご発展を願ってやみません。 ![]() |

