2010年04月06日

私の愛聴盤(5)

§バッハ/カンタータ第106番「神の時こそいと良き時」
リリング指揮シュトゥットガルト・バッハコレギウム 他('75年録音)

僕にとって、バッハのカンタータは長い間「聖域」であった。
キリスト教(プロテスタント)の深い理解こそが楽曲の理解にとって不可欠ではないか、という思いがあったからである。
それでも、聖書やそれに関する書物を読み、またいろいろな作曲家の宗教音楽に触れていく中で、少しずつその「壁」が取り払われていく気がした。

この106番は、僕が初めてしっかりと聴き、かつ「味わった」曲である。
数多あるバッハのカンタータの中で、なぜこれを最初に手に取ったのか…
その記憶は今となっては定かではないのだが、前奏(ソナティーナ)のリコーダとヴィオラ・ダ・ガンバの優しく深い響きが、一瞬のうちに僕の心を掴んでいったのを覚えている。

器楽編成は上記に加えて通奏低音があるだけの簡素なものである。
それがかえって少人数の声楽パートとよく溶け合い、しっとりと音楽に浸ることができる。
合唱、独唱、どの部分をとってもこのうえなく美しい。
これが青年バッハ22歳の作だというのだから、驚きだ。

世評の高いリヒター盤も聴いたが、今の僕にしっくりくるのはリリングの演奏である。
リヒターのバッハにある劇性と臨場感の代わりに、ここには「安らぎ」、そして良い意味での「距離感」がある。
バッハの世界を広く「俯瞰」するような…
posted by 小澤和也 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年03月12日

私の愛聴盤(4)

§シューマン/交響曲第4番
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリンフィル('53年録音)

これはあまりにも有名な指揮者による有名な演奏なので、挙げるのをやや躊躇ったのだけれど…
やはり「好きなモノは好き」ということで。

音楽は「再現芸術」である、とよく言われる。
以前、ある人の言葉として
「作曲が "創造" 芸術だとすれば、演奏は "追創造" である」
といった意味合いの文章を本で読んだ。
単なる「楽譜の機械的再現」では決してないのだ、と…
その時は、改めて「目から鱗」の思いであった。

フルトヴェングラーのこのシューマンは、まさに「追創造」そのものだと思う。
これは僕の勝手な想像だが、おそらく作曲家が考えた以上に暗く、激しく、そして甘美な演奏がここに繰り広げられているように感じる。
このうえなくドラマティック、かつチャーミングなシューマンだ。
冒頭、序奏から主部へ流れ込む際のうねるような弦楽器。
憧れをもって、あるいは救いを求めるかのようにこの楽章が力強く終わると…
次に待っているのはオーボエとチェロの静かな、涙の無い悲しみ…その後は独奏ヴァイオリンによる甘い慰め。
第三→第四楽章のブリッヂではトロンボーン、ホルン、そしてトランペットが天からのお告げのように響き渡る…

一人の指揮者が、自身の透徹した音楽的意図をオーケストラに余すところ無く伝える。
オーケストラは一体となって、最大限の力をもってそれに応えていく。
僕にとっての理想であり、究極の目標なのである。

追記)
このレコードはフルトヴェングラーの、さほど多くないスタジオ録音であるが、中断なしの通し演奏、一切の切り貼り編集なしということだ。
posted by 小澤和也 at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年03月03日

私の愛聴盤(3)

オーケストラ曲が続いたので、今回は…

§フォーレ/レクイエム
 ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽&器楽アンサンブル 他('92年録音)

中学〜高校生時代を吹奏楽一筋で過ごした僕だったが、どういう訳か大学で合唱を始めることに…。
そこで初めて歌った本格的な宗教曲がこの「フォーレク」である。
当時、勉強のためにいろいろなレコードやCD(ようやく出始めた頃だった)を聴いた記憶がある。
世評の高いコルボ旧盤、クリュイタンス盤ももちろん聴いた。
指揮者とソプラノ歌手のネームヴァリューに惹かれて買ったあるCDは、録音のせいか合唱のppがほとんど聞こえず…ガッカリ。

それから数年後、音楽雑誌の新譜情報で見つけたのがこの盤である。
まず「イントロイトゥス(入祭唱)」における、合唱主体の美しい響きに感動!
音楽の運びも実に自然で、「オッフェルトリウム(奉献唱)」などはさらさらと、悲しいほどに穏やかに流れていく。
「ピエ・イエズ(慈悲深きイエスよ)」のソプラノがまた素敵だ。
透明感にあふれていながら、それでいて芯のある大人の女性の声…
こういった声のほうがボーイソプラノよりはこの曲に相応しいと、私は思う。
〜そして「イン・パラディスム(楽園にて)」が消え入るように終わる。
あとに残るのは…静かな感動。
心が浄化される思いだ。

僕にとっての「理想の歌声」のひとつである。
posted by 小澤和也 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年02月18日

私の愛聴盤(2)

§ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲
 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管('64年録音)

初めて聴いたのは大学生の頃である。
当時、本業の勉強もそこそこに、サークル活動の合唱に熱中し演奏会や展覧会にもせっせと通っていたものだった。
ある日、美大に通う友人からブラームスのLPを借りた。
その余白に入っていたのがこのハイドン・ヴァリエーション。
(メインは第3交響曲だったと思う…そちらの記憶はほとんどない)
その友人も、「変奏曲がとてもいい」と言っていた。
そしてこう付け加えた…「これを聴いていると『青』を感じるの」
「ふーん…」
躍起になって聴いたが、当時の私にはよく解らなかった。
(さすがは美大生だな…面白いこと言うなぁ…)
なんて思っていたかも知れない。

つい最近、久しぶりにCDを買い求めて聴いてみた。
確かに「色」を感じる!…『青』、あるいは『碧』に近いか。
この指揮者の清廉な音楽創り、そしてオーケストラの切れ味良い音の断面に、光る碧が見えるような気がするのだ。
そのときに友人が感じた『青』と同じかどうか、今となっては知る由もないが…
磨かれた音色と完璧なプロポーションがこのうえなく魅力的な演奏である。

木目の手触りのようなベイヌム盤、長編小説のようなフルトヴェングラー盤など、他にも好きな演奏は多いが、現在のお気に入りはこのセル盤である。
posted by 小澤和也 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤

2010年02月08日

私の愛聴盤(1)

私が好きでよく聴くCDなどのことを、折に触れて書きたいと思う。
第一回目は…やはりベートーヴェンに敬意を表して。

§ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」
 フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィル('58年録音)

かなり以前であるが、この指揮者のリハーサル(スメタナ「モルダウ」)の映像を観たことがある。
言葉で、顔つきで、両腕…否、全身で、作品への熱い思いを楽員に伝えていく。
すると音楽がにわかにその表情を変え、生命を吹き込まれてゆくのが手に取るように感じられる。
素晴らしいリハーサル風景だった。

この「エロイカ」も、とても情感豊かな演奏である。
「人間くさい」と言ってもよい。
歌い、叫び、むせび泣く。
しかし、それらが決して「ベートーヴェン=ウィーン古典派」のフォルムを壊していない。
「知」と「情」のバランスが、実に高い次元で保たれているのだ。
また、オーケストラがフルトヴェングラー時代の響きを未だ残している気がする。

私の中学生の頃からの愛聴盤である。
posted by 小澤和也 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛聴盤