2020年05月27日

農工グリー アーカイブス [2]

 
 
昨年8月の農工グリー演奏会の記録、
続いては男声合唱をご紹介します。
 
さくらももこ: 作詩
相澤直人: 作曲
無伴奏男声合唱曲集『ぜんぶ ここに』(全9曲)
 
曲想と詩の味わい、いずれもが農工グリーメンのキャラクターにぴたりとはまった良い選曲でした。
本番中、終曲『自分のほんとう』を振りながら、
(ああ、まだおわりたくないな...)
と思ったその心の感触は今でも憶えています。
 
 
1. ビール工場
 
4. きもち
 
7. 果て
 
8. ぜんぶ
 
9. 自分のほんとう
 
YouTubeにて全曲を公開しております。
ぜひお聴きください。
 
よろしければこちらも↓
『まるむし帳』(拙ブログ記事)
posted by 小澤和也 at 10:04| Comment(0) | 日記

2020年05月23日

フォーレ再入門

 
 
ジェラール・スゼーの歌うフォーレのディスクを久しぶりに聴く。
(写真左、’70年代の録音)
音楽が、詩がぐいぐいと迫ってくる。
魂の揺さぶられようが今までとはケタ違いだ。
これには自分でもただただ驚くばかり。
年齢を重ね、僕の中で “何か” が変わったのだろうか...
 
 
ポピュラーな名作「夢のあとで」「ゆりかご」「月の光」etc.、
いずれも素晴らしかった。
しかしそれ以上に僕の心を強くとらえたのが「幻影 op.113」と「幻想の水平線 op.118」の2つの歌曲集である。
このうえなく繊細かつ澄み切った美しさを湛えた「幻影」、そして「幻想の水平線」で歌われる夢、希望、瞑想そして諦念とフォーレの音楽の “突き抜けた清朗さ” との対比が深い余韻を感じさせる。
 
私の思いは、つつましく、妙なる白鳥、
倦怠の岸辺にそって、夢や、幻影や、
こだまや、霧や、かげや、夜の、
底知れぬ波のうえをすべり進む。
(「幻影」第1曲「水の上の白鳥」より〜詩: ブリモン男爵夫人)
 
私は、その欲望が地上を這いずる者の仲間、
おまえたちを酔わせる風は、私の心を恐怖で満たす、
だがおまえたちの呼声は、夕暮れの奥底で、私を絶望させる、
なぜなら私のなかには、大いなる出発が満たされぬままに残っているから。
(「幻想の水平線」第4曲「船たちよ、われわれはおまえたちを」より〜詩: ド・ミルモン)
 
 
ネット上にはスゼーの’60年代の音源も数多くアップされていた。
気の向くままにあれこれ視聴する。
音質にはいくぶん古さを感じるものの、ここぞという場面でのスゼーの声の張りや表現のゆとりはこちらのほうがいっそう好ましく思えた。
なかでも印象に残ったのが
「優しい歌 op.61」と「5つのヴェニスの歌 op.58」である。
(いずれもヴェルレーヌの詩)
 
繰り返し聴くほどにどんどん引き込まれてゆく。
矢も盾もたまらず、こちらのCDも中古で入手。(写真右)
届いたのは輸入盤に日本語解説書と帯を付属させた昔なつかしいスタイルの盤だった。
(本体にはMade in West Germany (C)1988 と記されている!)
 
「優しい歌」は当時フォーレが心を寄せていた歌手エンマ・バルダックに捧げられており、フォーレにしてはストレートな感情表現をそこここに置いた “愛のうた” だ。
「5つのヴェニスの歌」は連作歌曲集だが、詩はヴェルレーヌの2つの詩集「みやびな宴」「言葉のないロマンス」から採られており、調性感も含め個々のキャラクターが際立っている。
 
 
聴く者の心の襞をそっと愛撫するような、しかし甘さにただ溺れてしまうことの決してないフォーレの音楽。
この数日ですっかり彼の虜になってしまった。
 
posted by 小澤和也 at 11:36| Comment(1) | 日記

2020年05月07日

農工グリー アーカイブス [1]

 
昨年8月の農工グリー演奏会の記録から。
女声合唱はきわめて少人数ながら
松下耕作曲『湖国うた紀行』
に挑戦しました。
滋賀県のわらべうた・民謡を用いた素朴かつ精巧なコンポジション...素敵な作品でした。
メンバーたちの瑞々しい歌声をぜひ皆様にお楽しみいただければと思います。
特に第3曲「甲良の子守歌」、第4曲「船おろし歌」のソロは必聴です!
 
1. まゆとり歌
 
2. きせない
 
3. 甲良の子守歌
 
4. 船おろし歌
 
 
昨年4月、これらの歌の “源流” に触れるべく彦根・甲良・近江八幡などを訪ねたのも良い思い出。
 
『湖国うた紀行』紀行 (拙ブログ記事)
 
 
posted by 小澤和也 at 22:55| Comment(0) | 日記

2020年04月29日

フレスコバルディ 「音楽の精華」

 
 
 
 
ここ数週間、“心を震わせられる音楽” がちょっとだけしんどいときがある。
疲れているのかな...と自分でも思う。
 
そんな弱った心にそっと沁みてゆく音楽、ただひたすら身を委ねるようにじっと耳を傾けていられる音楽がフレスコバルディの「フィオーリ・ムジカーリ」だ。
 
 
“Fiori Musicali”、直訳すると「音楽の花々」。
一般には「音楽の花束」「音楽の精華」などと呼ばれている。
フレスコバルディ Girolamo Frescobaldi (1583-1643) は初期バロック期を代表する作曲家。
ローマやフィレンツェでオルガニストを務め、鍵盤楽器のための作品を多数遺した。
 
 
その代表作「フィオーリ・ムジカーリ」(1635年) は各種ミサにおいて用いられるオルガン曲の集成。
「主日のミサ」「使徒のミサ」「聖母のミサ」の三部からなり、それぞれに
・ミサ開始前のトッカータ
・キリエ&クリステ (6-12曲)
・使徒書簡朗読後のカンツォーナ
・使徒信経後のリチェルカーレ
・聖体奉挙のためのトッカータ
・聖体拝領後のカンツォーナ
など、典礼に即した楽曲が含まれている。
キリエ&クリステはいずれも40秒〜1分半程度と短く、リチェルカーレやカンツォーナも長くて4分くらいの小品だ。
 
[主日のミサ〜キリエ より]
 
 
厳粛に、そして豊かに流れる旋律線。
精緻をきわめたポリフォニーの綾。
(かの大バッハもこの曲の写譜を手元に置いていたとのこと)
半音階的進行や不協和音を巧みに用いた清新な和声感覚。
〜まさに音楽の花であり珠玉であり粋である。
 
 
僕が愛聴しているのは、YouTubeでアップされているSimone Ghellerによるオルガン独奏。
 
主日のミサ:
 
使徒のミサ:
 
聖母のミサ:
 
爽やかな朝に、また静かな夜に、
フレスコバルディの音楽は心の平安をもたらしてくれる。
 
 
 
 
 
posted by 小澤和也 at 16:54| Comment(0) | 日記

2020年04月22日

皆川達夫さん

 
 
皆川達夫さんの訃報を知る。
 
30年以上続けて来られたNHK「音楽の泉」の解説をつい先日退かれたばかり。
最後の放送の結びに『(...)体調にやや不安を覚えるようになりましたので〜』と挨拶されてはいたものの、まさかこんなに早く!...の思いしかない。
 
「音楽の泉」はもちろんだが、僕にとってはそれ以上に「バロック音楽の楽しみ」(NHK-FM) での皆川さんの名調子が強く印象に残っている。
番組のラストはきまって
『バロック音楽の楽しみ、(...)解説は皆川達夫でありました。みなさんご機嫌よう、さようなら』
そして流れてくるテーマ音楽が
シェドヴィル (伝ヴィヴァルディ)のソナタ集Op.13「忠実な羊飼い」〜第2番
であった。
(フルート: ランパル、チェンバロ:ヴェイロン=ラクロワ)
中高生時代、この放送をどれだけ聴いたことだろう。
[この番組のおかげで、僕にとっての古楽のイメージには朝の空気感 (夏はすでに蒸し暑く冬はほんとうに寒かった) と皆川さんの優しい語り口が今でも付いて回っているほどだ]
 
皆川さんの著書にも大変お世話になった。
新書で出ていた「バロック音楽」と「中世ルネサンスの音楽」は本が壊れてバラバラになるほど繰り返し読んだものだった。
 
なかでも「中世・ルネサンスの音楽」の本文中に、今でもソラで言えるほどの大好きなフレーズがある。
それは第5章...ブルゴーニュ楽派の巨匠ギヨーム・デュファイの項、皆川さんの筆が一瞬脱線しご自身が主宰された中世音楽合唱団の話題となるくだりだ。
 
《約三十人の多彩な顔ぶれの老若男女が、(...)古い合唱曲を歌うよろこびを体験している。(...)デュファイの作品には歌うたびに一回一回新しい発見があって、興味がつきない。(...)彼特有の節まわしが出てくると、メンバーたちは「そらまたデュファイ節」といって、うれしそうに笑う。》
 
皆川さんのチャーミングなお人柄が実によく表れている文章ではないだろうか。
正に音楽への愛と情熱に溢れた方であった。
 
皆川達夫さん、ありがとうございました。
どうぞ安らかに。
posted by 小澤和也 at 21:19| Comment(0) | 日記