2024年07月11日

御殿場の空に響いた “An die Freude”

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Mt.Fuji交響楽団 第14回定期演奏会
─真っ青な富士山と真夏の第九─
盛会のうちに無事終演。
(2024.6.30. 御殿場市民会館)

指揮: 福田夏絵
独唱: 尾形志織(S)、実川裕紀(Ms)、高橋大(T)、倍田大生(Br)
Mt.Fuji交響楽団ならびに同合唱部


『”第九“ の合唱指揮をお願いできませんか?』
マエストラからオファーを頂いたのは昨年7月だった。
公募による約100名の合唱団、練習は週1ペースでおよそ半年間、10代の児童生徒さんも募りたい、とのこと。
(面白そう...どうなるか分からないけれど...でもきっとうまくいく...)
大いなる期待と ”根拠のない自信“ を抱きつつ快諾する。

8月、楽団事務局長のOさん、合唱部運営のキーパーソンIさんとさっそく都内でミーティング。
待ち合わせたバスタ新宿のむせ返るような暑さが、そして演奏会への思いを熱く語られるお二人の姿が今も忘れられない。

11月、御殿場市内の広々とした美しいスタジオにてオリエンテーションおよびキックオフ。
この日までにエントリーしてくださったメンバーは100名超、うち ”第九“ 未経験者が約4割いらっしゃると伺い改めて気を引き締める。
(独語発音と音取りにはしっかりと時間をかけよう...発声に関しても基礎の積み重ねを大切に...結果は必ずついてくる!)

初回稽古の日、メンバーにこう伝えた。
『これから演奏会までの7ヶ月の間に ”グラウンドを3周“ します。もし1周めで難しいと感じても次にまた同じコースを走りますから心配いりません』
合唱パートの第一声 
”Deine Zauber binden wieder…” 
から最後のページ、Maestosoの
“Freude, schöner Götter Funken!” 
に到達するまでおよそ2ヶ月半をかけた。
歌詩をひたすら読み込み、音取りに際しては敢えてヴォカリーズで (独語を外して) 繰り返し歌った。

”2周め“ も思いのほか時間がかかったが、(ここで焦っては全てが水の泡になる) と自分に言い聞かせながらじっくりと歩を進める。
この時期にソリストによるヴォイストレーニングを実施できたのは実に大きかった。
実川さん、倍田さんに心からの感謝を。

皆さんの歌声に変化が現れ始めたのは5月末頃だったか。
(通算で第18回めあたり)
1回の稽古 (正味110分ほど) の中で初めて全ての箇所を歌うことができたのだ。
そして6月8日稽古後の僕のツイートにはこうある。
『この日が来ることを信じ(中略)プローベを重ねてきました。きょうの皆さんの奏でる音楽は点と点とがしっかりと結びつき一本の線となって滔々と流れていました』
〜この瞬間を待っていたのだ!〜

公演一週間前、会場の大ホールにて独唱、オーケストラとの合同プローベ。
ここから本番当日までの合唱団の進化 (深化) は目覚ましかった。
メンバーお一人お一人の瞳は輝き、声はひとつとなって堂に満ちていた。

本番はもちろん会心の歌声。
終演後、舞台袖にて皆さんと言葉を交わす。
緊張から解放された安堵の面持ち、弾ける笑顔、達成感に溢れた表情...
(このお顔を見るために自分はここまでやってきたのだ)
そう思えてならなかった。


Mt.Fuji交響楽団および関係の皆さん、演奏会のご盛会おめでとうございます。
また今回のご縁をくださったマエストラ福田さん、毎回の合唱稽古を支えてくださったコレペティトゥーア伊藤早紀さん、津田有紀さん、梅ヶ谷瑞穂さん、開演直前まで合唱団と僕との橋渡し役を献身的に務めてくださったIさんに厚く御礼申し上げます。

そして─
今回、半年あまりにわたってともに旅をしてきた合唱部の皆さんに、これからも素晴らしい ”音楽との出会い“ ”歌う歓び“ がありますように。
またご一緒しましょう!
posted by 小澤和也 at 00:31| Comment(5) | 日記

2024年06月13日

ブノワを知る10曲 (4)

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《フルートと管弦楽のための交響詩》

作曲: 1865年、ブリュッセル
初演: 1866年2月、ジャン・デュモン(フルート)
出版: Schott社(ブリュッセル)


§母国に戻って

1863年春にパリを離れたブノワは首都ブリュッセルを新たな活動の拠点とします。
この年の7月に (前回記事にて取り上げた)「レクイエム」を初演、その後もベルギーにおいて精力的に音楽活動を展開しました。
1864年にはアントウェルペンの王立ハーモニー協会のための「賛歌」をはじめ多くの合唱曲を、その翌年には初めてオランダ語による歌曲を作曲しました。(「3つの歌曲 op.39」)


§フランデレンの音楽文化振興をめざす

この頃のブノワには一つの目標がありました。
それはドイツに倣って、フランデレンにおいても定期的な音楽祭を開催するという構想です。
『〜このような年に一度の祭典は、ベルギーにとって真の恩恵となるだろう。これまでイタリアやフランスの作品に親しんできた聴衆の知的好奇心を大いに満足させることができる。国民芸術はこうした純粋な源泉によって発展し、やがて世界の偉大な流派と互いに肩を並べ生き生きと輝くだろう』
(ブノワが州政府に提出した論文より)


§フランデレンの古い伝承に触発されて

1865年の末、当時国際的に活躍していたベルギーの名フルート奏者、ジャン・デュモンのためにブノワは華やかな技巧と豊かな詩情にあふれた協奏的作品を書きました。
曲は3つの楽章からなり、それぞれに標題が与えられています。

T. Feux follets (鬼火)
U. Mélancolie (メランコリー)
V. Danse des follets (鬼火の踊り)

ブノワは同時期に作曲した「ピアノと管弦楽のための交響詩」、またパリ時代のピアノ曲集「物語とバラッド集 op.34」(1861) にも同じように各曲にタイトルをつけており、これらを彼の故郷の伝説にインスパイアされた有機的な連作とみなしたのでした。
19世紀ロマン派期の数少ない管楽器協奏曲の佳作として、単に珍しいからという理由でなくもっと広く知られ演奏されるべき作品であると思います。


【参考音源(CD)】
・リート(フルート)、デフレーセ指揮、ロイヤル・フランダース・フィル
(1995年録音)
Marco Polo 8.223827

・リート (フルート)、ボロン指揮、SWRシュトゥットガルト放送響
(2004年録音)
Hänssler 98.596

リート独奏/デフレーセ指揮による演奏へのリンクはこちら↓↓
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posted by 小澤和也 at 16:38| Comment(0) | 音楽雑記帳

2024年05月31日

念願の斑鳩紀行


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午前8時。
静寂に包まれた法隆寺西院伽藍はえも言われぬ美しさ。
目で、耳で、肌で...すべての感覚を研ぎ澄ませ、遠く飛鳥時代の空気を感じてきました。


中宮寺の菩薩半跏像も素晴らしかったです。
古拙の微笑、頬に触れる繊細な指先、そして思惟に深く沈む眼差し...

心洗われるひとときでありました。
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posted by 小澤和也 at 10:50| Comment(0) | 日記

2024年05月08日

“An die Freude” に寄せて

1824年5月7日、
ケルントナートーア劇場 (ウィーン) にて
ベートーヴェン作曲
“シラーの頌歌「歓喜に寄せて」による終結合唱を伴う大交響曲”
が初演される。

シラーが「歓喜に寄せて」を書いたのは1785年晩秋のことである (25-26歳)。
その頃の彼はマンハイムでの亡命生活を余儀なくされ、経済的にも行き詰まっていた。
そこに手を差し伸べたのが、以前にシラーへファンレターを送っていたライプツィヒのケルナーとその友人達である。
彼らはシラーの窮状を知るや即座に彼を招き入れ、数年間にわたり生活面・金銭面での援助を惜しまなかった。
こうした温かな友情への感動を『不滅の友愛の記念碑』(内藤克彦氏の著作より)として歌ったのが “An die Freude” である。

1803年の「シラー自選詩集」によれば「歓喜に寄せて」は全8節、96行から構成されている。
各々の節は8行の先唱部分プラス《合唱》と記された4行が続く形をとる。
そしてベートーヴェンが付曲したのは全96行中のうち36行、全体の4割足らず ─ 特に詩の後半部は全く用いられていない ─ なのだ。
(それでもベートーヴェンによるその “4割” の選り抜き方は実に見事だなと個人的には思う)

先日、縁あってシラーの原詩にじっくりと向き合う機会を得た。
以下に拙訳を掲げる。
太字がベートーヴェンによって採用された部分であるが、今回それ以外の60行を改めて知ることができたのは僕にとって大きな喜びであった。



歓喜に寄せて
フリードリヒ・シラー


歓喜よ、神々の美しい閃光よ、
天上の楽園から来た乙女よ!
私たちは炎に酔いしれつつ足を踏み入れる、
聖なる者よ、そなたの聖所へ。
そなたの不思議な力は再び結びつける、
時流が厳しく分け隔てたものを、
すべての人間は兄弟となる、
そなたの柔らかな翼の憩うところで。

《 合 唱 》
抱き合おう、何百万の人々よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、 星空の上に
愛する父は住みたもうに違いない。


ひとりの友の友になるという、
大きな成功を勝ち取った者、
一人の優しき妻を得た者は、
喜びの声を互いに合わせよう!
そう、この地球上でたった一つの魂でも
自分のものだと呼べる者も (声を合わせよう)!
そしてそれを成し得なかった者はひっそりと
泣きながらこの集いから出てゆくがよい!

《 合 唱 》
この大きな環に住む者は
共感を尊べ!
それは (私たちを) 星々へと導く、
あの未知なるものの鎮座するところへと。


この世に生くるものはすべて
自然の乳房から歓喜を飲み、
善き者、悪しき者、みな
自然がつくったバラの道をたどる。
歓喜は私たちに口づけとぶどうの枝と、
死の試練を受けた一人の友を授ける、
肉欲は虫けらに与えられ、
智天使ケルビムは神の御前に立つ。

《 合 唱 》
ひざまずくか、何百万の人々よ?
創造主を予感するか、世界よ?
星空の上に主を探し求めよ、
星々の彼方に主は住みたもうに違いない。


歓喜は永遠の自然の中の
力強い発条である。
歓喜が、歓喜こそが回す
大いなる世界時計の歯車を。
それは蕾から花々を、
天空から恒星たちを誘い出し、
それは天球を回す、
先見者の遠眼鏡もまだ見ぬ宇宙の中で。

《 合 唱 》
天空の華麗なる地図の中を
星々が楽しげに翔けゆくように、
兄弟よ、自らの道を進め、
勝利へと向かう英雄のように喜びに満ちて。


真理の炎の鏡の中から
歓喜は探究者へ微笑みかける。
徳の険しい丘の道へと
それは耐え忍ぶ者を導く。
信仰の光輝く山々の頂に
歓喜の旗が風にはためくのが見え、
打ち砕かれた棺の裂け目を通して
それが天使の合唱の中に立つ (のが見える)。

《 合 唱 》
勇気をもって耐え忍ぶのだ、何百万の人々よ!
よりよい世界のために耐え忍ぶのだ!
あの星空の上で
大いなる神が報いたもうであろう。


人が神々に返報することはできないが、
神々と等しくあろうとするのは素晴らしいことだ。
悲嘆 (に暮れる者) も貧困 (に喘ぐ者) も手を挙げ、
愉快な者たちとともに楽しもう。
遺恨や復讐は忘れよう、
不倶戴天の敵も赦そう。
涙を彼に強要することのないよう、
悔恨が彼を苛むことのないよう。

《 合 唱 》
罪科の帳簿などは捨ててしまおう!
全世界が和解しよう!
兄弟よ、星空の上で
神が裁くのだ、私たちが裁いたように。


歓喜が杯の中に湧き出る、
黄金の葡萄酒のうちに
残忍な者たちは優しさを飲み、
絶望 (する者たち) は力強い勇気を (飲む)。
兄弟よ、お前たちの席から飛び上がれ、
なみなみと注がれた大杯が巡ってきたときには、
その泡を天に向かって撒き散らそう。
このグラスを善き精霊に!

《 合 唱 》
星々の渦が褒めたたえるもの、
熾天使セラフィムの賛歌が褒めたたえるもの、
このグラスを善き精霊に
星空の上のはるか彼方にある善き精霊に!


重い苦悩にあっては確固たる勇気を、
無実 (の者) の涙するところには救いを、
堅い誓いには永遠を、
友にも敵にも真実を、
王座の前では男子の誇りを ─
兄弟よ、たとえ財産や生命にかかわろうとも ─
功績には栄冠を、
偽りの悪党には没落を。

《 合 唱 》
この神聖なる集いをより密に、
黄金の葡萄酒にかけて誓おう。
この誓約に忠実であることを、
星々の審判者にかけて誓おう!


(訳: 小澤和也)
posted by 小澤和也 at 02:45| Comment(0) | 日記

2024年05月01日

ブノワを知る10曲 (3)

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レクイエム


完成: 18632月、パリ

初演: 18639月、聖グドゥラ教会、 ジョゼフ・フィッシャー指揮

出版ペーテル・ブノワ財団 (アントウェルペン)



激動の一年

18626月、ブノワはパリでオッフェンバックが主宰するブフ=パリジャン劇場の指揮者に就任します。日々の公演とリハーサル、新聞や雑誌への音楽評論執筆、そしてそれらの合間に作曲...と彼は精力的に活動しました。その間に書かれたのがこの「レクイエム」です。

ブノワはこの地でオペラ作曲家としての成功を目指しましたがそれは叶わず、翌年3月にこのポストを離れます。それゆえ「彼にとってこの一年は100年にも感じられるような耳と魂の拷問であったに違いない」(ブロックスによる伝記より)とも評されますが、この経験がブノワの芸術的見識を拡げ洗練させる助けになったことは確かでしょう。


レクイエムの特徴とその魅力

この曲の最大の特徴はやはり合唱パートでしょう。以前に取り上げた「アヴェ・マリアop.1」と同様、大小二群に分けられた二重合唱が劇的な効果をあげています。

そして「ベネディクトゥス」では小合唱の中にソロパートが置かれ、さらに「サンクトゥス」および「ベネディクトゥス」では大合唱のソプラノに少年合唱を加えるなど、ブノワの響きに対する徹底したこだわりが感じられます。

聴きどころは枚挙にいとまがありませんが、私がもっとも好きなのは「ディエス・イレ」の中盤、”Recordare(思い出したまえ)“ の優しく愛撫するような旋律です...この部分は何度聴いても心が震えます。(下記参考動画 16’40”)


【参考音源(CD)】

・ルールストレーテ指揮、BRTN室内管&合唱団、コルトレイク混声合唱団

(1975年録音)

Etcetera KTC1473 (2枚組)

・ペーテル・ブノワ 宗教曲四部作

デ・ワールト指揮、アントワープ響、ナミュール室内合唱団、オクトパス交響合唱団

(2015年ライヴ録音)

Royal Flemish Philharmonic RFP013


私が初めてこの曲を聴いたのはヘレヴェッヘ指揮のライヴ録画でした (現在Youtubeで全曲視聴可能)

その後、上記ルールストレーテ盤のLPを入手、長らくこれが唯一の録音だったようです。

2018年、三人の指揮者による「宗教曲四部作」全曲を収めたアルバムが発売されました。


ルールストレーテ指揮による演奏へのリンクはこちら↓↓

https://m.youtube.com/watch?v=y3NmI0YnjME

posted by 小澤和也 at 11:24| Comment(0) | 音楽雑記帳